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〜災害派遣医療チームDMATの活動を通して考える震災対策〜[1]

防災インタビュー

地域防災を考えるプログラム「サロン・ド・防災」共同企画

vol.
328
災害派遣医療
〜災害派遣医療チームDMATの活動を通して考える震災対策〜 [その1]

2013年1月

近藤 久禎氏 国立病院機構 災害医療センター DMAT事務局 次長

プロフィール

国立病院機構、災害医療センターで、DMAT事務局を担当している近藤です。災害医療センターというのは、立川の防災基地に国立病院として首都直下地震などに備える病院を造るということで、災害医療を主にやる病院として整備されたものです。普段は通常の病院としてやっていますが、そこに災害医療を専門にする部署もあるということになっています。国立病院機構自体は独立行政法人ですが、厚生労働省の管轄の行政法人でもあるので、厚生労働省の本省からも併任の辞令をもらっていますので、厚生労働省のDMATの事務局をやっているということになります。

私自身は学生の頃から災害や国際保健医療に興味があり、たまたま私が医者になる時に入講した教室のボスが災害医療を専門にやっていたということもあって、災害医療に進むことになりました。通常、私自身の専門は救急医療なのですが、現在は災害医療に専念させていただいています。DMATという全国組織のメンテナンスをするために全国を回ってDMATの教育や訓練を行うというのが現在の我々の業務ですので、そういう意味では日々忙しく過ごしています。

災害派遣医療チーム DMAT

DMATというのは、Disaster(災害)、MedicalのAssistant(助ける、支援)をするTeam、その頭文字をとってDMATという名前になっておりますが、日本語で言うと「災害派遣医療チーム」ということになります。

活動としては、災害時の現場における医療活動や病院の支援活動を行っています。小さなものとしては2、3人から4、5人の交通事故や、局地的な災害への出動としては、昨今起こった笹子トンネルの崩落事故の現場や広域の災害などにも出掛けていきます。とりわけ巨大な災害が発生した場合は、全国的に患者さんを搬送するので、搬送中に患者さんの症状が悪化しないように症状を見守ったり、適切な対応をすることを業務としています。

DMATは全国組織であり、我々厚生労働省が研修会を年に18回主催しており、この研修会に合格した方にDMATの隊員になってもらっています。各都道府県ごとにDMATを組織して、いざというときには全国が連動して動くというような組織になっています。このDMATという組織は、もともとは阪神淡路大震災の教訓から出来上がったのですが、実際本格的になってきたのは平成16年の中越地震がきっかけとなっています。中越地震においては、発生から10時間から12時間の災害の急性期において、そこで働く医療チームが本当に数チームしかなかったのが大きな反省になりました。これを受けて、災害から1日以内に被災地に迅速に集まって救命活動ができるチームが必要であるという認識のもとに、国がDMATチームを養成して、都道府県がそれを活用するという制度が全国的に広まっています。

DMATは各病院ごとにチームを組織することになっており、それには医師1名以上、看護師2名以上、あとはその他のさまざまなサポート業務を行う調整員を1名以上、この1、2、1以上のチームによって構成されることになっています。災害時には、まず自分の病院から、病院の救急車や車両によって出動しますが、特に遠隔地の場合は自衛隊の航空機、艦船などで被災地に投入された例もあります。

DMATの業務

私自身も発足当時から関わっていましたので、東日本大震災は当然ですが、その前の中越地震にも出動しました。その他に、実は我々は警備の活動、災害が起きそうになる前に行くという活動があります。例えば北海道洞爺湖サミットでの警護を担当して出動したり、横浜で行われたAPECの際には、首脳などに傷病者が出たり、大量の傷病者が出るような事態に備えて、あらかじめ横浜近辺に10チーム程度待機させるというような活動も行っています。

最近の活動として、東日本大震災において我々がどのような活動をしたかということを説明させていただきたいと思います。東日本大震災では、全国ほぼ全ての都道府県から1800人の方々が被災地に投入されました。その中で400名を超える方々は自衛隊機を使った空路で派遣されており、岩手や宮城の400人以上のDMATが参集しました。

DMATの発足当時は、外傷やクラッシュ症候群と言われるような、まさにその場で窮したけが人に対しての医療が中心になっていたのですが、東日本大震災においては、そのような方々は決して多くはいませんでした。この時は、いろいろな病院が被害を受け、ライフラインがなかなか開通しない中で、入院診療の継続が困難になるという事態が多くの病院で起こりました。このような時は入院患者を避難させないといけないのですが、あと数日避難が遅れると、多くの入院患者が亡くなってしまうというような事態に追い込まれた病院も多数ありました。そのような病院に対してDMATを派遣して、自衛隊や消防、警察と連携しながら病院の転院搬送をやったというのが、今回の東日本大震災での大きな仕事だったと思っています。特に今回は、自衛隊機を使って全国的に患者を搬送する「広域医療搬送」という活動を行いました。この広域医療搬送というのは、阪神淡路大震災の教訓を受けて政府が計画してきたものですが、今回初めて実施したということです。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を一部改定して掲載しています。

FM salus

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