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防災コラム

vol.
263
キーワードで振り返る−東日本大震災からまもなく1年

2012年2月22日

「想定外」な事態に直面したこの1年を、キーワードから振り返る

マグニチュード9.0

震災からまもなく1年。あの日の出来事を決して風化させてはならない(撮影:2011年4月3日 宮城県女川町)

2011年3月11日14:46に発生した東北地方太平洋沖地震。その規模は気象庁速報値でM7.9、その後暫定値でM8.4と修正され、2日後には解析値でMw9.0と発表された。これはM7.3だった兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の約1450倍、M7.9だった大正関東地震(関東大震災)の約45倍のエネルギーに相当し、2004年のインド洋大津波災害をもたらしたスマトラ沖地震(Mw9.1)に次いで20世紀以降では4番目の巨大地震となった。
最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7。兵庫県南部地震では事後調査値として、新潟県中越地震では通信断による後日確認値として観測されていたが、速報値での発表は史上初であった。地震の揺れは沖縄県を除く46都道府県で観測され、一部では観測データが届かなかったなどでの後日精査により、速報値よりも引き上げられる地点も多数に上っている。この地震での緊急地震速報は地震波検知の8.6秒後に発表され、宮城県では主要動到達までに最大20 秒程度の猶予時間があったと考えられているが、この地震と津波により多くの観測施設が故障・破壊されたため、その後、長期間に渡って観測データ欠測や緊急地震速報の過大発表等の問題が生じることとなった。

遡上高40.0m

甚大な被害をもたらしたのは津波だったが、東北地方沿岸を中心に検潮所が破壊されるなどしてその規模は未だ推定値となっているところが少なくない。岩手県大船渡市では遡上高(そじょうこう)が40.0mと確認されているが、明治三陸地震時にほぼ同所で観測された38.2mを超えて国内最大となっている。
気象庁は地震発生の3分後に岩手・宮城・福島県沿岸に大津波警報を、その後12 日03:20には日本沿岸全域に対して津波警報・注意報を発表し、全域で解除されたのは地震から丸2日後の13日17:58であった。津波警報の発表は過去の教訓から迅速性が重要視されてきたが、今回は第1報の予測値や津波第1波観測情報が結果的に過小数値となったことが避難の遅れ等につながったとの評価を踏まえ、気象庁では2012年中にも表現の見直しなどを反映させる予定としている。

帰宅困難者500万人超

今回の震災では東日本の広域で鉄道や主要道路などで交通が一時麻痺状態となり、首都圏を中心に未曾有の帰宅困難者を生み出した。自治体などが急遽設置した避難所だけで約10万人が利用したほか、内閣府の調査ではその数515万人以上ともされている。政府の中央防災会議では、自宅まで10km以上で帰宅困難者が生じ、20km以上の全員が帰宅困難者として規定しているが、今回の震災では30km以上を歩いたという人も少なくない。
これまでも首都直下型地震の想定などで帰宅困難者対策が急務とはされてきたが、2011年9月には警視庁が都内主要道路約100か所で10分間の一斉通行止め訓練を、東京都などは2012年2月に企業や自衛隊・在日米軍などと連携して新宿・池袋などの拠点駅や海上輸送などの大規模帰宅困難者対応訓練を実施するなど、より実践的訓練が行われるようになったほか、鉄道会社を中心に地震時の安全・復旧対策や駅などでの利用者対応への対応策も検討が進められている。

避難者数38万人以上

今回の震災では、約38万人以上が約2200か所以上で避難生活を強いられた。この数は、最大約30万人が約1000か所に避難した阪神・淡路大震災時を上回る。岩手県では10月に、宮城県と福島県では12月末までに全ての避難所が閉鎖されているが、原発事故の影響もあり、2012年2月現在でも約34万人が仮設住宅などでの避難生活を続けている。
仮設住宅は用地確保難や資材不足などから当初予定より完成が遅れたものの、現在までに5万戸超が整備された。一方で当選しても仮設住宅に入居しないといった問題が生じたほか、プライバシーや近隣コミュニティなど仮設住宅特有の問題に加え、昨年来の酷暑に寒波と厳しい環境が続く中での居住者の体力的・精神的負担の影響が懸念される状況が今なお続いている。

警戒区域から帰還困難区域へ

福島第一原発事故は全世界に多大なる衝撃を与えているが、最大の犠牲を強いられているのが近隣住民である。地震後の11日19:03に「原子力緊急事態宣言」が発表され、半径2km以内の住民に対し避難指示が、その後21:23には菅首相から半径3km以内の住民に避難指示、10km圏内の住民に対し屋内待機指示が出された。12日午後に1号機で水素爆発が発生すると、避難指示は20km圏内に拡大。その後4月22日には10km圏内の警戒区域および計画的避難区域・緊急時避難準備区域に整理されるとともに、放射性物質の観測状況から6月16日には特別避難推奨地点が追加されている。
9月末で緊急時避難準備区域は解除されたものの、その他の規制区域は現時点でも継続されている。政府は事故収束に向けたステップ2達成を受け、2012年4月にも年間被曝線量20mSv以下の「避難指示解除準備区域」、50mSv以下の「居住制限区域」、50mSv超の「帰還困難区域」の3種に再編する予定だが、その先行きはまだまだ巌しい。

11ヶ月を経て「復興庁」発足

恒常的なボランティア不足が被災地では課題となっている。

震災発生後、政府対応としては防災担当大臣がその任を負ってきた。その後、6月に成立した東日本大震災復興基本法に基づき復興対策本部が設置され、復興担当大臣が任命されたのだが、直後に舌禍問題で交代することとなったのも記憶に新しい。復興基本法では復興庁の設置を規定していたことから、12月に復興庁設置法が成立し、2012年2月にようやく発足した。
復興庁の設置は関東大震災後1か月内に立ち上げられた帝都復興院(翌年2月から内務省復興局)や阪神・淡路大震災時の阪神・淡路復興対策本部を意識したものとされるが、復興庁は10年間の時限的組織とされており、省庁横断で職員が集められ、東京に本庁を置く一方、岩手・宮城・福島県に復興局、青森県八戸市と茨城県水戸市に事務所を設置し、「被災地に寄り添いながら」一刻も早い復興に向けた各種調整のスピード感を上げてゆくことが期待されている。


(文・レスキューナウ危機管理情報センター 宝来英斗)

参照:


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