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防災コラムVol.188

施設を訪ねる「金比羅火口災害遺構・西山火口散策路」

公開月:2006年7月

2000年3月末、突如始まった北海道・有珠山噴火。温泉町に出現した噴火口が語る、恐るべき自然の力との苦闘から学んだ人々の知恵とは――。

世界のトップが集った景勝地

金比羅火口災害遺構――草に埋もれた町営温泉

昨今の政治情勢の激動でついかなり前にも思えてしまうが、今から2年前の2008年7月、日本では5回目となる先進国首脳会議、いわゆる「北海道・洞爺湖サミット」が開催された。世界政治経済に加え、環境・気候変動もサミットの重要議題であったことから、洞爺湖周辺では来訪者・一般向けに環境関連の各種イベント等も催され、拠点となった洞爺湖ビジターセンターには、G8各国首脳夫人も見学に訪れた。
洞爺湖ビジターセンターには、数十年周期で活発な火山活動を繰り返す有珠山について紹介する洞爺湖町立火山科学館があり、各国首脳夫人も噴火映像を鑑賞したという。このセンターの裏手には、2000年3月末、突如始まった噴火の遺構がほぼ当時のまま保存されたエリアが広がっている。噴火から10年、その「金比羅火口災害遺構」「西山火口」の両散策路を紹介したい。

温泉街の裏山から熱泥流が-金比羅火口災害遺構散策路

金比羅火口災害遺構――生々しい傷跡残る団地

洞爺湖ビジターセンターの裏手に築かれた大きな砂防ダムの階段を登ってその上に立つと、眼前に荒涼とした光景が広がる。堰堤(えんてい)が幾重にも重なる中に、灰色にくすんだ建物が2つ――ひとつは町営温泉「やすらぎの家」、もうひとつは「桜ヶ丘団地」が見える。2つの建物周辺までは2005年4月に散策路が整備され、建物を間近から見学することができるようになっている。

2000年3月31日午後、有珠山西部山麓(さんろく)の西山付近で最初の噴火。その後噴火口が複数発生し、4月1日正午前には、洞爺湖温泉街から南に350m程の金比羅山中腹でも噴火が確認された。その後金比羅山の噴火口群からは大量の火山灰と噴石に加え、熱泥流が発生。1977年の山頂噴火時、大量降灰が原因の泥流災害で、翌年、死者3人を出したという前例を踏まえて整備されていた砂防ダムや流路工により、初期段階では被害がなかった。しかし、4月10日までの大規模噴火により泥流があふれ出たため、国道230号線に架かる2つの橋が流されるなど甚大な被害となった。
町営温泉「やすらぎの家」は、内部奥まで泥流に埋め尽くされており、また、団地の1階部分は完全に埋もれている。実は、団地は複数棟建っていたのだが、現在では、1棟のみがそのまま保存されている。噴石などで窓ガラスやベランダのサッシが破壊されている様も当時のまま。建物端部の大きな損傷は、押し流された国道の橋梁(きょうりょう)が激突してできたものだ。橋梁は、さらに下流の町営温泉手前に横たわっている。

地形の変ぼうぶりに圧倒――西山火口散策路

西山火口散策路――国道の真上で噴火は起きた

金比羅火口群から南西に登った地点が、前述した最初の噴火口――西山火口群だ。ここでは直上を走っていた国道230号線が完全に消失したほか、噴火口だけでなく大規模な地殻変動も発生。現在でも、自然の力のすごみをまざまざと見せつける。
洞爺湖温泉から急坂を下ると、駐車場や土産物屋が並ぶ一角の先が散策路の北口となる地殻変動により雨水がたまってできた沼地が広がり、当時、乗り捨てられたレンタカーがそのままとなっている。すぐ東側には旧西胆振消防組合本部があり、内部は展示資料室として開放されているが、この建物も数度傾斜している。
散策路は、国道脇の町道だったアスファルト部がのぞいており、ここも地殻変動が見受けられ、先に進むとその度合いが増し、枕木で整備された木道が続く。北口から約700m進むと、第1展望台。見渡してみれば、今なお各所から噴煙が上がっている。
ここから先は地熱帯となっており、散策路外に出ることはできない。アップダウンをしばし進み200mほどで第2展望台、遠く洞爺市街から噴火湾を見晴らせる。目線を下ろすと、ゆがんだ製菓工場や住宅が飛び込んでくる。さらに進むと、廃虚と化した幼稚園があり、その惨状は胸を打つものがあった。

開湯100年――ウソをつかない山と向き合う洞爺湖温泉街

有珠山の火山活動は有史以来知られ、それぞれの噴火時には直前の地震活動などから事前に予測されており、「ウソをつかない山」とも呼ばれる。1910年と2000年の噴火時には死傷者はゼロであった。1944年の火山活動により誕生した昭和新山を含め、周辺には噴火災害を伝える施設が点在しており、2007年に日本の地質百選に選定、2009年には糸魚川・島原半島とともに、日本で初めて“世界ジオパーク”に認定されている。
2000年噴火で大きな被害を受けた洞爺湖温泉は、1910年7月以降の火山活動(金比羅山付近で噴火。その後、隆起部を明治43年にちなみ、四十三山<明治新山>と命名された)後に発見されたもの。西山火口散策路は、噴火翌年の2002年7月に第1次整備がなされており、噴火災害とともに温泉を中心とした観光で地域復興を目指す姿は、火山との長いつき合いを実感させてくれる。

今年は2000年噴火から10年というだけでなく、「洞爺湖温泉誕生100年」も併せてさまざまな企画が催されている。すさまじい光景を目のあたりにするとともに、その恩恵でもある洞爺湖温泉にじっくりとつかり、自然の力を五感で触れてみてはいかがだろうか。

(文・レスキューナウ危機管理情報センター専門員 宝来英斗)

◆施設詳細とアクセス

洞爺湖温泉は道央自動車道虻田洞爺湖ICから国道230号で。なお、虻田洞爺湖ICおよび国道230号線は2000年噴火災害に伴いともに再整備された施設。JR洞爺駅からは道南バスで約20分、洞爺湖温泉ターミナルから徒歩2分で洞爺湖ビジターセンター。火山科学館は入館料600円(小人半額)、09:00~17:00(年末年始休館) 金比羅火口災害遺構散策路はビジターセンター裏側、西山火口散策路北口は道南バス「西山散策路」下車、いずれも見学無料、冬季閉鎖。

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