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防災コラムVol.138

パンの缶詰、宇宙へ!

公開月:2006年5月

本コラムで以前紹介した「株式会社パン・アキモト」(栃木県那須塩原市)の缶入りソフトパン。2009年3月16日、スペースシャトル「ディスカバリー」の打ち上げで、この缶入りソフトパンが宇宙飛行士・若田光一さんと共に宇宙へ飛んだ。

宇宙への夢

宇宙へ飛び立った缶入りソフトパン「SPACE BREAD」

缶入りソフトパンが開発されたきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災であった。同社は救援物資として、焼きたてのパン約2,000個を神戸のキリスト教会を通じて被災者へ届けた。しかし、被災者に喜ばれた一方で、地震による混乱のため一部のパンが賞味期限切れとなり処分されてしまったという苦い経験も味わった。

この出来事を教訓に同社では1995年の夏から、「焼きたてパンのように柔らかくておいしく、しかも乾パンのように保存性のある製品」の開発に着手した。開発段階では多くの失敗を繰り返したが、空き缶の中にパン生地を入れ、パンを焼きながら缶を殺菌する製法をあみ出すことに成功。また、1996年の春には特殊処理によって無菌状態を保ちながら、しっとりしたパンを製造することにも成功した。こうしてついに、目標としていた製品が完成したのである。この製品はその後、新しい防災食としてマスコミなどでも多く取り上げられた。

そして2001年の春、当時の宇宙開発事業団関係者から「NASA(米航空宇宙局)にもこの製品はどうだろうか」とNASA行きを勧められ、同社の缶入りソフトパンのスペースシャトル搭載に向けた動きが本格化したのである。

若田飛行士との出会い

2001年6月、同社社長の秋元義彦氏はヒューストンにあるNASAを訪れ、食品責任者のヴィッキー氏と宇宙食について協議した。その席でヴィッキー氏は「とてもおいしいパンではあるが、現状ではNASAの採用は難しい」としながらも、衛生面や安全面を高く評価し「日本人飛行士が持参したいとなれば、搭載の可能性はある」と述べ、秋元氏はこの言葉に望みをかけた。そしてこのとき、若田飛行士にもパンを試食してもらっていたのである。実は、同社と若田飛行士にはある共通点があった。それは、同社創業者である先代の社長と若田飛行士は共に、JAL(日本航空)で勤務していた経歴があったのである。こうした縁もあり、若田飛行士からはその後もパンの試食の協力を得ていたという。

ついに見えた宇宙への扉

フタを開けると、中のパンはしっとりと食べやすい柔らかさに仕上がっている。

2008年春、土井隆雄飛行士が「エンデバー」に搭乗した際、秋元氏はNASAの見学ツアーに招待された。その際に缶入りソフトパンを「SPACE BREAD」という名前で、ケネディー宇宙センターの関係者に披露した。当時、宇宙長期滞在に向け訓練を行っていた若田飛行士は、「SPACE BREAD」を食糧として持参することを前向きに検討しており、同年夏、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を通じて、品質基準などを厳しくチェックする製品安全性の検査をNASAに依頼した。すでに、缶を開けた後のフタで手や指を切らないよう、世界特許の技術を導入するなどの改良が加えられていることを踏まえ、同年秋にはNASAから「製品安全確認」の知らせがあり、ついに若田飛行士が搭乗するディスカバリーへの切符を手にしたのである。

その後、JAXAを通じて数種類の製品をNASAに送付していた間、若田飛行士とメールのやり取りがあったという。その中で若田飛行士は「宇宙で美味しいパンを食べることを楽しみにしています」と同社にメッセージを寄せた。また、打ち上げ直前には「宇宙で食べるのを楽しみにしています」というメールも寄せられたという。

なお、ディスカバリーに搭載された「SPACE BREAD」は、「ミルク」「チョコクリーム」「粒々いちご」「はちみつレモン」の4種類、計30缶だったという。

自分の子どもが飛び立った

手や指を切らないよう、切り口がループ状になって丸みを帯びている

2009年3月16日午前8時43分(米国東部時間午後7時43分)、スペースシャトル「ディスカバリー」がケネディー宇宙センターからついに打ち上げられた。

秋元氏は、打ち上げ後の朝日新聞のインタビューで、「自分の子どもがシャトルに乗っているような気持ち」と語った。

同社では、帰還した若田飛行士からヒアリングを行い、改良点があればさらにそれを盛り込み進化させたいとしている。また今後は、この「SPACE BREAD」を各地の科学博物館で販売することも検討しているという。

なお、若田飛行士は2009年7月下旬、エンデバーで地球に帰還する予定である。

(文・レスキューナウ危機管理情報センター 三澤裕一 協力/株式会社パン・アキモト)

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