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防災コラムVol.137

主要8カ国イタリアでの大地震

公開月:2006年5月

2009年4月6日、イタリア中部でマグニチュード6.3の地震が発生し、死者が300人以上出るなどの大きな被害となった。2008年の中国・四川大地震に続いて、レスキューナウ特派員が現地の様子をリポートする。

やはり見えなかった被災地

立ち入り禁止区域にあるホテル。全壊ではあったが、宿泊客はおらず人的被害はなかった。

地震が発生した直後、すぐに現地情報をネットであさった。検索エンジンや翻訳機能をフル稼働させて情報を探す。
どのような情報を探すのかというと、列車や道路の交通情報、電話回線などのインフラの状況などなど。しかし、ローマのダビンチ空港が平常通りということ以外、欲しい情報は一つも入手できなかった。
中国・四川大地震の取材の際に利用した新宿の旅行代理店に電話を入れた。ここの女性スタッフは交渉力があるため、こういうときには頼りになる。
7日の夕方、旅行代理店から電話があり、「航空券の手配はできたが、ホテルの手配ができない。現地の様子が全く把握できない。宿泊はローマ市内になる」とのことだった。
災害取材の場合、最低限泊まる場所は確保したいと思うが、いざとなれば野宿するしかない。そこで、レスキューナウに「アルファ化米(水入れたら出来上がるご飯)と、エマージェンシーブランケットをくれ」と電話。担当者は勘がいいのですぐに手配してくれた。危機管理情報を扱う会社だからこういうときには実に頼りになる。

もともと、発災した6日に現地・ラクイラ入りするため、航空券を手配しようとしたが、すでに満席状態で取れなかった。仕方なく8日まで待ち、現地に入ったのは地震発生から3日が経過した9日の早朝だった。また、野宿を覚悟し現地に到着したものの、規制が厳しく野宿することができなかった。そのため、近くの町のホテルに泊まることとなった。

窒息死による死者は少ない

オフリミットライン。2次災害を防ぐために住民の立ち入りも厳しく規制された。

壊れた建物を見たときの第一印象は、四川大地震に比べると瓦礫の大きさが格段に大きいということだ。四川省の瓦礫は小さく粉砕され、大きな構造物の隙間を土砂が完全に埋め尽くしていた。しかし、ラクイラの場合は、瓦礫そのものが大きく、瓦礫と瓦礫の隙間が広く開いていた。そのためか、ラクイラでは窒息で亡くなった方がほとんどいないという。

 

厳重に管理された被災地

人口350人のオンナ村は、40人の死者を出し、一瞬で壊滅した。

被災地・ラクイラは、中世の建築物で構成される旧市街地と、20世紀以降に作られた新市街地で構成されており、旧市街と新市街は別の区域にある。今回大きな被害を受けたのは旧市街地である。
中世からのキリスト教会などが林立する旧市街は、ほぼ壊滅的な被害を受けた。イタリアは、ライバル社との過激な取材合戦を繰り広げるパパラッチが多い国であるせいか、カメラマンはより刺激的で扇情的な写真を撮りたがる傾向が強い。被災直後の現場に入り込み、被災者の遺体や、苦しみにゆがむ表情などを執拗に追い回していた。そのような写真が大衆紙にガンガン掲載された。

被災地では、マグニチュード4クラスの余震が続いていた。古い石積みの建築物が崩れ、2次災害が発生する可能性も高かった。よって、軍と警察は旧市街一帯を立ち入り禁止区域にした。オフリミットラインには警官か兵士を24時間配備し、住民やジャーナリストの立ち入りを一切禁じていた
なお、余震が収まってからは、立ち入り登録をした住民に限って、入域が認められるようになったようだ。

なお、各国政府や民間団体が支援できるかどうかを判断するためには、情報が重要な鍵となる。そのため、災害現場において取材や報道を過度に規制するべきではない。一方で、前述したイタリアの報道ぶりをみると、取材を行う側のモラルは当然必要となる。

(文・レスキューナウ特派員 冨田きよむ)

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