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防災コラムVol.96

四川大地震から学ぶ その4(被災地の避難所)

公開月:2006年4月

被災地の避難所では、日本と中国における生活習慣の違いを垣間見ることができた。

トイレがない!

綿陽市北川県で、生徒が約1000人生き埋めになり、600人以上が死亡した北川中学校のグラウンドに設置された避難テント村。ここには取材当時、およそ500人が避難生活しており、さらに軍などの救援部隊もいたので、合わせると1000人程度が暮らしていたことになる。

しかし、この避難テント村にはトイレがなかった。ある日本の行政担当者が、「避難所のテレビ映像を観たり、新聞の写真を見ていて気になったんですが、やっぱりトイレもゴミ箱もありませんでした。阪神・淡路大震災のときもこれが大きな問題になり、それ以降の災害救援のときは真っ先に確保しなくてはいけないもののリストに入ったんですがねえ。」と語った。

トイレがないのは、山間部の北川県だけではない。都江堰市の大規模な避難テント村にもやはり仮設のトイレはなかった。かなり熱心に探したが、野外の避難テント村ではついに仮設トイレを見つけることができなかった。

北川中学校のグラウンドに設置された立派なスタンドの1階部分の部屋は、しっかりとした造りになっており、地震でもびくともしていなかった。しかし、周囲に仮設トイレが設置されていないため、そこは「便所」になってしまっていた。

また、グラウンドのすぐ上にはトウモロコシや菜種の畑があったが、ここも汚物の山となっていた。せめてティッシュを燃やして始末するくらいのことをすればいいのだが、そのままの状態になっていた。ティッシュは丈夫に作られているので、土壌にはほとんど分解されない。いつまでも畑に残っている。せめて穴を掘って周囲を囲い、一箇所で済ませるというような発想はないものだろうか。食事は水さえあれば、一日二日食べなくてもすぐに命に関わる問題にはならないが、トイレだけは我慢することができない。緊急の時には食料よりもトイレが優先されるのだ。

ゴミの山

避難テントから30mほど離れたところに積まれたゴミ

北川中学校の避難テント村にはゴミ捨て場があったが、そこは被災者が暮らしているすぐ脇にあり、ゴミがうずたかく積み上げられ異臭を放っていた。衛生要員が消毒作業をしているものの、気温が高いため、あっという間にゴミは腐ってゆく。中国では、交通違反などをした人に対して道路清掃などの強制労働が罰則として科せられており、街のあちこちに労働に服すオレンジ色のベストを着た清掃員がいた。それでも、成都の道路のゴミは多かった。

避難テント村では、大きなコンテナを準備し、そこに一括でゴミを保管するとか、せめて燃えるゴミと燃えないゴミ程度に分別し、現地で燃えるものについては処理するとかの方策を考えなくてはいけないだろう。

感染症、食中毒は大丈夫か?

500人あまりの被災者が避難生活を送るテント村

トイレもゴミも、見た目が悪いというようなことだけではない。問題は、感染症や食中毒の原因になりかねないということだ。ただでさえ衛生状態が悪化する避難テント生活。電気がないため、冷蔵庫も洗濯機も使うことができない。また、飲料水はペットボトルで何とかなるにしても、生活用水はわずかに残った井戸水か、給水車を使わざるを得ない。このような中で、ゴミが散乱したり、あたり一面が汚物の山になっていては衛生的とはいいがたい。

日本では、NGOが中心となって被災地にテントを送ろうという運動が行われている。
確かに、その運動は重要なことであり、300万人以上が被災したのだから被災地ではまだまだテントが足りない。しかし、テント以上に仮設の処理施設を含む仮設トイレが緊急に必要であると確信した。もともと中国のトイレ事情は芳しくなく、取材する側にとってかなりの苦痛があったのは事実である。

(文・レスキューナウ特派員 冨田きよむ)

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