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防災コラムVol.88

四川大地震から学ぶ その1

公開月:2006年3月

レスキューナウ特派員が、四川省大地震の現場をリポートする。

日本からは成都が見えなかった

私が現地に入ったのは地震発生6日後の18日夕方であった。
航空券とホテルを手配した旅行代理店の女性から「成都空港が閉鎖されたり、緊急輸送を優先させて現地に行けない可能性もありますが、それでもよろしいですね」と、何度も念を押されたのが印象的だった。

チケットを手配したのは、中国人が経営する中国資本の旅行代理店で、現地情報を少しでも事前に手に入れたくて選んだ。しかし、「成都市は普段と変わりはない」という情報以外、手に入れることはできなかった。つまり、「現地に行ってみなければ分からない」という状態での出発であった。

しかし、成都空港に着いた途端に気が抜けた。普段と全く変わりなく運用されていたからだ。
出入国審査も普段と全く違う体制が敷かれている可能性があり、撮影機材を抱えていたため緊張していたが、あっけなく通過できた。これまで3回にわたって中国取材を行ってきたが、必ず1時間ほどは出入国審査で足止めされたものだった。

成都市内の様子

寺院の前庭に避難テント。人々は自炊生活を送っていた。(撮影:5月19日 都江堰市)

成都空港同様、タクシーで20分ほどの成都市内も高速道路も全く損傷はなかった。インフラも商店も、平常通りの営業であった。
成都市のホテルに到着するとロビーには、地元テレビ局のクルーやプレス関係者が取材を行うために待機していた。

しかし、到着したのが既に16時を過ぎていたため、取材は市内の大規模な体育施設に設置された避難所だけとなった。そこまでの道すがら、国旗掲揚台のあるような大きな企業では半旗を掲げ、追悼の意を表していたのが印象的だった。
また、横断幕のスローガンもあちらこちらでみられた。手製の「抗震救災」と書かれたステッカーをフロントガラスに貼り付けた車もたくさん行き交っていた。

ちなみに、被災地に向かう高速道路は、車線の一つが救援車両専用レーンとなっており、ステッカーを貼り付けているとそこを走ることができ、料金も無料だった。

事前に被災地周辺の具体的な情報をWEBサイトで探したが、伝えているところは見当たらなかった。つまり、日本からは「被災地・四川省」の全体像は一切見えてこなかった。
見えてくるのは、被災地の惨状だけ。もちろん被災地の状況はとんでもないことになっており、ニュースとしてどんどん伝えるべきである。しかし、それと同時に現地の周辺情報を地元新聞社やテレビ局はWEBサイトに掲載するべきではないだろうか。そうした情報は、外部から支援に向かうときに大きな役割を果たす。

「被害なし」も重要な情報

特に、大きな災害が発生すると思うことだが、「何も被害がなかった」という情報も同時に重要な情報であり、被害を受けたことと同じ程度の価値を持つ。情報は出す側が選んではいけない。情報の価値は受け手が受け取るときの状況で変化する。

日本国内の災害情報のあり方もこの「被害がなかった地域」「平常どおり機能している周辺情報」に対してあまりにも無関心であることが気にかかる。

被災地は…

瓦礫の撤去作業の様子を、元住民が携帯電話のカメラで撮影していた。(撮影:5月19日 都江堰市)

地震発生7日後、都江堰に入った。大きな道路に面した建物は外観は残っていたが、レンガを積み重ね、それをコンクリートで塗り固めただけのビルも多く、一目で全壊だと理解できた。
大通りから一歩中に入ると、ほとんど手付かずの瓦礫の山。ご遺体を回収したところだけがぽっかりと穴が開いている状態であった。

特に気になったのは、地震発生から1週間が経過しているのにもかかわらず、「KEEP OUT」のテープがほとんど張られていなかったことだ。非常に危険な建物も立ち入り禁止になっていないので、住民がどんどん中に入り荷物などを運び出している。事実、余震で死亡者も出ている。
日本では、ここ数年の大規模地震の時には翌日に専門家による調査が入り、建物の状態を判定して立ち入り禁止のステッカーを貼っている。2次災害を防ぐためにも、速やかに専門家を現地に派遣し建物の状態をいち早く把握することが必要であろう。

取材の規制はなかった、が…

中国取材となると、これまでの経験から様々な規制があるのだろうなと覚悟して出かけたが、今回は全くそれがなかった。中国メディアだけが入れるところもあるが、それは、中国の一般メディアでも規制を受けていた。中国国営の新華社と中央電視台(CCTV)のみ取材が許されている地域も一部であったが、基本的には何を取材しても自由であった。日本国内では、ためらわれるような救急車に張り付くような取材や、病院にカメラを持ち込んで、直接被災者にインタビューをする、というようないささか乱暴なことまで、平然と行われていた。また、明らかにマスコミ関係者とは思えない一般のアマチュアカメラマンが、ご遺体に群がるようなこともあった。

こうした光景を見るにつけ、情報の出し方に大きな問題があるのではないかと危惧の念を抱いた。なぜなら、情報を受け取る側にとって「情報の責任主体がどこにあるのか」や、確認情報と未確認情報を峻別することは難しいからだ。なお、インターネットでデマを流したとして中国国内では4人の青年が逮捕されている。

取材や報道は規制するべきではないことはいまさら言うまでもない。ミャンマーの軍事独裁政権下における報道規制がいかに現地の救済活動や、復興活動に悪影響を与えているのかは明らかだ。しかし、規制するべきではないが、取材を行う側のモラルは必要である。

(文・レスキューナウ特派員 冨田きよむ)

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