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防災コラムVol.68

韓国沖原油流出事故 現地レポート(後編)

公開月:2006年3月

回収作業には多くのボランティアが動員された。そのメリットとは?

長靴が重い

エマルション化した漂着原油。ドロドロというよりネバネバという感じで重い

2007年12月12日の朝6時過ぎに宿を出る時、おかみさんが長靴を買って行けと言う。こんな時間に空いているのかと言うと、知り合いの店をたたき起こしておくので大丈夫だと言う。知り合いの雑貨店で特大の長靴と特大のカッパを買った。二つで1800円。決して安物ではない。韓国は物価が安い。

萬里浦(マリポ)は幅8kmほどもある広大な硬くしまった真っ白な砂浜である。そこに原油が一面に漂着していた。真っ白なはずの砂浜が真っ黒である。この日は早朝から4000人が動員されていて、逐次増員されるという。牙山(アサン)からマリポまで何台も大型バスを見たけれど、原油回収のボランティアだったのだ。

浜に降りて歩き始めるとすぐに長靴が重くなった。原油がエマルション化(乳化)してべたべたになり、くっつきやすくなっているからだ。こすっても簡単には落ちることはない。仕方がないのでそのままほったらかしで取材をしていると、その重さで長靴が脱げそうになった。そのくらい粘着力が強いのだ。

楽しそうな現場

風は多少強めであるが、とにかくいい天気。動いていると汗ばむほど。このいい天気が事故発生から1週間ほど続いたことが原油回収の大きな味方になった。この先どうすりゃいいのだ、と漁民がテレビに出て嘆いて見せているが、あれは100%ヤラセ。タンカー事故の場合、国際機関の供託金から補償が出るからだ。それを知らないで嘆いている漁民に正しい情報を提供するのがマスコミの役割である。それをせずに悲壮感を演出するのは明らかに誤報である。

歌声が聞こえる。笑い声が聞こえる。作業そのものはかなりきついのだけれど、水害や地震のように家屋が倒壊したわけでもないし、死者が発生したわけでもない現場は、言葉は適切ではないかも知れないが、のんびりと楽しげである。少しくらいあせったところで何がどうなるということもないほどの原油の量なのだ。「まあ、ぼちぼちやりまっか」という感じだ。だから笑顔が見えるし歌も出る。

平日ということもあって比較的高齢のボランティアが多かった。高齢の人は日本語が話せることが多い。浜に座りこんで石にこびりついた原油を一つ一つ布でふき取る作業をしていた男性が、「私はここで刺身の食堂をやっている。浜がきれいになったら家族を連れて遊びにおいで」と言うから、「女房と来たって楽しくも何ともないから、きれいなお姉さんと来るよ」と返事をしたら、「見栄を張るな」とそこいらの人に笑われた。意地でもきれいなお姉さんを連れてこようと硬く決意した。まずお姉さんを探すところから始めなきゃ。

ボランティアの炊き出し

「赤い生物兵器」とも呼ばれるキムチ。食事にキムチはつきもの。食べ残すほど大量に出してくれる

やたら「激辛」とでっかく書かれたでっかいカップめんを見た。このメーカーが大量に物資を供給したのだろう。炊き出しボランティアグループや赤十字の奉仕団では大量の米をたき、湯を沸かし、キムチを仕分ける。

「なんでキムチがあるの?」と赤十字奉仕団のおばさんに聞いたら、お前はなんというくだらない質問をするのかといわんばかりの顔で、「韓国人は、いついかなる時でもキムチを食わないと生きて行けないのだ。キムチのない人生など、人生とは呼ばない。まずはこれを食ってみよ」と、カップに盛り付けたキムチを渡された。昨日の昼からキムチを食い続けており、胃が少々もたれ気味ではあるが、こういうところで食わないとカメラマンとしてのプライドに傷がつくから食った。確かにうまい。うまいが辛い。汗が噴出すほど辛い。

おばさんは「分かったか」と勝ち誇っているが、日本人としては辛い。「辛い(つらい)」と「辛い(からい)」は同じ文字だ。韓国人は世界中どこに行ってもこの生活習慣を変えないので、時としてトラブルになることさえあるという。しかし、どこにでも出かけて行ってそこの生活習慣に合わせたフリをして体を壊している日本人より、人間として自然に見えるのだなどと考えていると、昼になった。駅弁スタイルでおじさんたちがカップめんにお湯を注いで現場に運ぶ。最も遠い現場は4kmも先である。お湯とおにぎりと、カップめんとキムチを持ってもくもくと歩いて行く。

お前も歌え

長さ500mものバケツリレーを見たのは初めてだった。単純計算でも最低300人いないと500mはきつい。実際には400人以上いたように思う。真っ黒な回収原油を満たしたバケツを人の手から手へつないで岸壁の回収タンクローリーまで運ぶ。そこで空になったバケツを再び波打ち際までリヤカーで運んで原油をくんでまたリレー。連綿と続く作業である。かなりきつい作業でもある。

韓国の歌が流れる。演歌のルーツは韓国だというが、懐かしいメロディーだ。普段あまり演歌を聞かないため、よく分からないが、日本の歌もかなり「韓国の歌」として広まっているそうだ。
写真を撮っていると、お前はどこから来た?と聞かれたような気がしたので、「イルボン!!」(韓国語で日本)と大きな声で言った。ちなみに私にできる韓国語は「イルボン」と「アンニョハセヨ」(こんにちは)だけである。

するとその親父は突然日本語に切り変えて「お前も歌って帰れ」という。さて、何を歌おうか。ここで速やかに歌えないようではイルボンカメラマンの名折れである。イルボンのカメラマンは歌ひとつ満足に歌えないなどと思われたら国際問題だ。「イムジンガン」じゃ明らかにまずいだろうし。中国やモンゴルでも歌ってうけた「北国の春」で勝負した。千昌夫の勝利であった。
「♪しらか○ー○おぞーら」と歌いはじめた次の瞬間、周りみんなが歌い始めた。韓国語で。何だかものすごくうれしかった。

韓国のボランティアとマスコミ

今回一週間取材したのだが、その間見たボランティアはすべて動員であった。職場や地域や学校、消防団、海防団、ライオンズ、ロータリークラブなどが軸になっていた。行動はすべて整然と指揮監督され、バスの駐車する場所まで細かく決められていた。救護所も大学病院からスタッフが派遣され、医者も看護婦も常駐していた。給水所もトイレも必ずしも充分とはいえないまでも配置されていた。

原油流出事故の回収作業は純粋に人手の仕事になる。短時間に人手を大量に確保するには今回の韓国方式が優れているのかもしれない。事前にたとえば移動のバスの中などで、ある程度の手順や注意点などのレクチャーも行える。少なくとも、個人個人が自分の車で現地に行くというようなことがあると、ただでさえ渋滞する道路がさらに混雑する結果となる。

海上で分散材をまけばまくほど結局原油は浜に打ち上げられるのだ。通常分散材は24時間以内にまくべきで、それ以降の散布はむしろ分散材による害の方が大きくなるという。分散材とは要するに油と洗剤が原料だからだ。今回の事故では、発生後5日が経過した後でもまいていた。そもそも1万klを超える原油に対して分散材がどれほどの効力を持つのか疑問視する専門家さえいる。

マスコミもその様子をどんどん放送し、むしろ分散材散布をあおっているような印象を受けた。政府は分散材をどんどん散布して被害を最小限に食い止めようとしているという内容の新聞記事もあった。これは明らかに間違いである。今後今回の事故について専門家がきちんと分析して原因と対策について総括するだろうが、マスコミの報道姿勢についても正しく分析されるべきだ。

(監修:レスキューナウ 文:ジャーナリスト 冨田きよむ)

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