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防災コラムVol.62

2度目の地震が新潟県中越地方を襲った

公開月:2006年3月

中越地震と中越沖地震。2つの被災地を訪ねて。

3年後に2度目の地震が

2004年10月23日17時56分頃、新潟県中越地方でマグニチュード6.8の地震が発生。阪神・淡路大震災以来の震度7を川口町で観測し、67人が死亡、4805人が負傷、12万棟を越える住宅被害という大きな爪あとを残した。この新潟県中越地震から3年と経たないうちに再び大きな地震が同じ地域を襲った。2007年7月16日10時13分頃、新潟県上中越沖を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生。柏崎市、刈羽村、長岡市や長野県飯綱町などで震度6強を観測。この新潟県中越沖地震では14人が死亡、2千人以上が負傷、約4万棟の住宅に被害があった(10月22日現在の総務省消防庁発表)。

1度目の2004年の地震が発生した時、私は所属するNPO団体の一員として長岡市や小千谷市などで災害ボランティア活動に参加した。そして2度目の今年(2007年)、中越沖地震が発生した際にも柏崎市を訪れる機会を得た。目的は東京にいるスタッフと連携して避難所やボランティアに関しての情報発信を支援するというものだ。それぞれの現場を見て感じたことをまとめてみたい。

ボランティアによる支援活動

2007年の地震で傾いた家屋

「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉をよく耳にするが、まさに地震は発生する季節を選ばない。2度の地震はまったく違う季節に発生した。1度目はこれから冬に向かう10月下旬に発生。一方、2度目の地震は7月中旬に発生したため、8月の酷暑がさまざまな影響をもたらすこととなった。しかし、一度大きな災害を経験し、それを乗り越えてきた人々の存在はとても心強かったのではないだろうか。救援や復旧作業の応援、ボランティアセンターや避難所の運営をサポートするスタッフなど役割はさまざまだが、柏崎市や刈羽村には3年前に地震を経験し、その後も復興に向けて活躍を続けている多くの人が駆けつけていた。

地震発生の2日後に訪ねた柏崎市や刈羽村の災害ボランティアセンターは、まさに1度目の地震を経験した県社会福祉協議会の職員とボランティアセンター運営の訓練などを受けた県外の社会福祉協議会の職員らが中心となり運営されていた。また、1度目の地震を契機に誕生した多くのNPOがそれをサポートするために駆けつけていた。

「今回、長岡は大きな被害はなかったから」と話してくれた人は、倒れてしまった家具の片付けの手伝いなどをするためボランティアとして長岡市から駆けつけたという。長岡駅からはボランティア希望者を送迎するバスが運営されていた。また、全国から駆けつけたボランティアはそれぞれの持つ技能を活かし、避難所で炊き出しを行ったり、救護所を開設したり、チェーンソーやハンマーを持って倒壊した塀などの処理にあたった。

遠方の支援物資と近隣住民の助け合い

2007年の地震後の柏崎市東本町のえんま通り商店街

今回、被災地では3年前の経験から無差別的に送られてくる支援物資の仕分け作業など管理の負担が大きいことを知っていたため、「一般の方からの物資は受入れない」ことをあらかじめ発表した。それでも自治体や企業から送られてくる大量の支援物資の仕分け作業は簡単ではなかった。また、それを各避難所や被災者にどのように配布するのかも物資を管理する側と避難所を運営する側との間で、一部混乱があったように見えた。これは今後の課題だろう。

そうした中、柏崎市街の中心にある「えんま通り商店街」では、町内会という枠を超えて、生活必需品などの物資を持ち寄り、炊き出しを配布していたのだが、そこは、被害が集中した地域の中心にあって、むしろ活気に満ちていたとさえ感じられた。また、コミュニティFM局は24時間体制で、被害の情報・支援の情報などメッセージを放送し続けていた。自然災害の被害を目の当たりにして、自然の力の大きさを感じる一方、そこから復興を遂げていく人の力もとてつもなく大きなものだと再認識させられた。

まずは耐震化・家具の固定を

ボランティアや物資支援のあり方を見てみると地震被害が発生した後の対応という点では、3年前の経験は活かされていたようだが、地震に備える対策という点ではどうか。「まさか、また新潟で!?」そう思った人たちが多かったのではないだろうか。実際に私が話をした被災者だけでなく、支援者からも同じ言葉が聞かれた。地震はいつ、どこで発生するか分からない。どれだけ水や食料を備蓄していても、生き残らなければ意味がないということを忘れてはいけない。まずは自分の生活空間の家具の固定・耐震化をする必要がある。阪神・淡路大震災や中越地震と同じように、また中越沖地震でも家屋の倒壊によって死傷者が多数出てしまった。

地震による被害を発生する前に軽減・予防するには、これまでの災害での教訓や経験をもう一度振り返り、対岸の火事とせずに、本当にどのような対策を講じなければならないのか考えることが必要ではないだろうか。

(文・レスキューナウ危機管理情報センター専門員 大川義弘)

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