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防災コラムVol.50

天災は忘れた頃にやって来る

公開月:2006年2月

地球の岩盤が押し合いへし合いする真上で生活していることをもっと実感しよう。

地殻変動の様子をのぞくと

2005年3月20日、福岡県西方沖地震が起きた。多くの人が「福岡では大きな地震は起きない」と思っていたようだったが、実は1995年の阪神・淡路大震災の時もやはり「神戸では大地震が起きない」などと思われていた。今でも「自分のところは大丈夫だろう」と思っている方は国土地理院のサイトをのぞいてみてほしい。

これは1996年4月から1999年12月の日本列島の地殻変動の様子をアニメーションで示したものだ。実際の変動を40万倍に誇張はしているが、九州は全体として北西から南東へ向かって押され、逆に四国は南東から押し上げられているのが分かる。

日本列島は岩盤の上にある

新潟県中越沖地震で全壊した家屋

日本列島はダイナミックに変動する地球上の岩盤(プレート)が押し合いへし合いしている真上に乗っかっている。引きずり込まれた岩盤が跳ね上がるのがマグニチュード(M)8クラスの東海、東南海、南海地震タイプ。このタイプの地震は歴史上、何度も起きている。それ以外の地震の多くは、岩盤にある古傷(活断層)がうずくタイプ。ひどくうずくとM7クラスになる。阪神・淡路大震災の原因となった兵庫県南部地震は、M 7.3、福岡県西方沖地震はM 7.0だった。あれだけ押し合いへし合いしているため、岩盤は古傷だらけなのである。しかも、どこに古傷があるか分かっているものはわずかにすぎない。

寺田寅彦の警告

福岡県西方沖地震では神社の石塔も倒れた

日本列島で暮らしている以上、いつどこで大地震に見舞われてもおかしくないのである。「天災は忘れた頃にやって来る」という有名なこの表現は、夏目漱石の弟子として知られる科学者、寺田寅彦(1878~1935)の言葉だといわれている。不思議なことに、寺田の著作にそれらしいものは見当たらないことから、彼がひんぱんに弟子などに口にしていた言葉が後年伝わったもののようである。

実際に寺田が書いた文章に、「津浪と人間」という随筆がある。1933年3月、三陸沖でM8.1の昭和三陸地震が発生、大津波で3千人以上の犠牲者が出た。実は、その37年前の1896年6月、同じ三陸沖でM8.5の明治三陸地震が起きていたのに、その教訓が忘れられていたのではないかという内容である。災害直後には詳細な調査がなされ、災害予防策が策定されるが、そのうち忘れ去られ、人々も「津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう」「鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである」と手厳しく書かれている。

安心が最も身近な敵

地震のような自然現象は防げないが、昆虫のように「その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われればきれいにあきらめる」ということではいけないと寺田は説く。「昆虫はおそらく明日に関する知識は持っていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。(中略)それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる」。つまり、知識を持つことで人間は災害に備えることができるということである。最後にもう1つ。かのシェークスピアもこういっている。「安心―それが人間のもっとも身近にいる敵である」。歴史上の警句をかみしめたい。

(監修:レスキューナウ 文:渋谷和久 国土交通省九州地方整備局総務部長。内閣府防災担当企画官などを経て、2006年7月より現職)

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