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防災コラムVol.7

被災地からのメッセージを正しく伝える

公開月:2006年1月

ITの利点と情報発信の仕方を理解しよう。

「私は無事です」という情報の発信

大災害時は携帯電話各社が「災害用伝言板」を開設する

「災害時に情報は重要」という人は多い。しかし自身が実際に被災した場合とそうでない場合、災害直後と災害から数ヶ月・数年経った後では必要な情報は当然違ってくる。今回は災害時の情報について具体的に考えてみる。

災害直後から爆発的に量が増えるのが無事か否かを伝える安否確認の情報。NTTの「災害伝言ダイヤル171」が知られているが、最近では携帯電話キャリア各社がメールや掲示板で家族や知人に自分の安否を知らせる機能を提供している。

また家族との集合場所を決めたり、家から避難するときに伝言を書いた紙を貼り付けるなども安否確認の情報伝達に含まれる。ここで忘れがちなのは、「私は無事です」という情報だ。災害直後、この被災地外からの安否を確認する情報が量として多くの割合を占めている。被災地から情報が少しずつ発信されることで、こうした遠くにいる親戚や知人を心配させずに済む。被災直後には、自分の現在の状況を何らかの形で家族や知人、そして被災地外に伝えることが情報発信の第一歩となる。

「ここは危険です。○○が困難です」という情報

安否確認の次に発信されるのは道路やライフラインなどの使用困難を示す「被害情報」だ。被災地の住民の生活を支える交通やライフラインの被害規模は、個人から政府に至るまでその後の救援活動を決める重要な情報となるだけに大きく注目される。またこうした通行不能、使用不能のような「○○が困難です」という情報は、災害が発生してからの時間が経つにつれて内容や種類が移り変わっていく性質がある。

たとえば、災害直後には交通やライフラインだけであったものが一カ月後には避難所で困っていることや被災者のための生活支援の手続き、ボランティアの情報などへ次々に広がりを持ってくる。これは災害にはフェーズがあるためで、各フェーズに携帯電話が便利なときもあれば、市区町村役場や町内会に聞いた方が適当なときもある。

また、避難生活の初期には一時的に情報が錯綜する時期がある。これは緊急時だけに口頭で行う情報伝達が多いためだ。もし避難所に留まる必要が生じた際に、何かを伝えようとするときは、面倒でもなるべく文字にして配布したり掲示したりする工夫が必要だ。避難所の運営にかかわっていない立場の場合でも、なるべくメモを書いたり文字にした広報紙などを探し、判断のよりどころにすると良い。

「○○がほしい」という情報

災害時の情報でも最も扱いに神経を使う情報の一つに「○○がほしい」というニーズの情報がある。とくに物資に関する情報は注意が必要だ。被災地に物資が来ないケースの多くは、被災地にごく近くの流通が遮断されていることによって起こる。物がないのではなく、すぐ近くまで来ている物資が手元に届いていないだけ、というケースが過去、散見された。

当の被災地では混乱もあり、そのようなことを考える余裕がないため、情報の発信としては「○○が足りない」といった言い方をしがちだ。この情報がインターネットやマスコミなどの媒体によって広がった場合、必要以上の物資が集まり、かえって被災地の流通を麻痺させたり、混乱させたりすることがあるので注意が必要だ。

自身にできることは何かを発信する

被災地のニーズと善意がマッチできるといいが‥‥

一方、被災地外の個人やボランティアが「私にできること」を表明するのも災害時の情報の大きな割合を占める。たとえば、被災地のために何かできることはないかと考えている人にとって、募金情報やボランティア活動情報は善意を活かす方向に導く。現地の状況を比較的正確につかんでいるボランティア団体やNPOが出すケースが多いが、個人の想いとして何か協力したいことをブログなどに書くことでも情報発信が可能となる。

そのような「被災地を助けたい」という善意は大切だが、ちょっとした配慮が欠けると、かえって被災地に迷惑さえかけることがある。たとえば新潟県中越地震では、被災地を気遣う記事やボランティア活動に行った話などが多くのブログや掲示板に書き込まれた。「避難所ではオムツが足りません」「電池が足りないそうです」と物資のことについて書かれたものもあり、その情報は他のブログへの転載やメールでの転送が繰り返され、その結果、膨大な量のニーズとしてひとり歩きした。その増大されたニーズに応じて偏った特定の物資が大量に被災地に届き、現地で運搬や整理、処分に困ったという。これは善意の気持ちが共感を得やすいために起こり得るアクシデントのひとつだ。

このようなことが起こる原因には3つある。1つは人から聞いた情報を発信すること、2つ目は物資の情報が含まれていること、3つ目にはそれがインターネットのようなコピーされやすい環境に発信されることだ。被災地を助けたい気持ちをインターネットなどで表明することは悪いことではない。しかし、その場合はまず物資の情報が含まれていないかを確認してから発信すると良い。

小さくても確実な「私の」情報を発信する

災害時の情報に限ったことではないが、情報を発信する場合はそれが本当のことであるか、信用できるところからの情報か確認する必要がある。「伝言ゲーム」に代表されるように、発信源から遠くなるほど情報は不正確になる。自分が被災している場合も、被災地外にいる場合もまずは自分のことや自分の周りの身近な情報を発信することが重要になる。誰かから聞いた情報を「・・・ということらしい」と伝えるのではなく、「私は」「私たちは」から始まる正確な情報を発信することが大切になる。

そのような意味では、どこかで災害があったときに、自分が被災していなくても最初に「私は無事です。問題ありません」と発信することから始め、たとえば「私は募金ができます」「私は外国語ができます」などと発信してはどうだろうか。

被災の有無にかかわらず、まずは自分が持っている情報を他人にシェアすることから始まる。人から聞いた大きな情報ではなく、自分の周りにある小さな、しかし確実な情報を発信し、それを積み重ねていくことが今後の災害情報を支えていくのかもしれない。

(文・レスキューナウ 岡坂健)

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