相模女子大学幼稚部 木下邦太朗 部長先生
小田急相模大野駅から徒歩10分のところに、広大なキャンパスをもつ相模女子大学があります。たくさんの緑に恵まれた、55年の伝統ある幼稚部、木下部長先生にお話をお伺いしました。木下部長先生は相模女子大学小学部長と幼稚部長を兼務されています。
東京都の小学校、教育委員会での経験を生かして
私は東京都荒川区の小学校を始まりに、世田谷、稲城の小学校に勤務、その後足立区や三鷹市、田無市、東京都の教育委員会に勤務しました。私は理科が専門ですが、幼稚園教育の中には、自然と関る教育の場があるということで、理科担当の他に幼稚園担当の指導主事になり、当時都内に300園以上あった公立幼稚園によく行きました。その後大田区の矢口渡にある創立100年を迎える矢口小学校の校長や町田市の校長を経て、渋谷区の猿楽小学校長を最後に定年を迎えました。都内の小学校、教育委員会の10カ所に勤務したのですが、地域、地域でとても状況が違い、私の立場も違っていましたので、いろいろな面で教育というものを見ていくのは非常に楽しかったです。
そして相模女子大学小学部に迎えられて4年目です。ここは幼稚部、小学部、中学部、高等部と併設しているので、部長という名前ですが、園長であり、校長でもあります。初年度は小学部の部長だけで、幼稚部長になって今年で3年目です。幼稚園教育も小学校教育も、教育の専門家が教育内容や方法について見ていったほうがよいということで、私が幼稚部長も兼務することになったのです。
発想の転換、地域での取り組みで生きた教育が
公立の学校では、今いろいろな課題があるといわれていますが、教師の課題と保護者の課題の両方があると思います。保護者の課題では、家庭教育に何を求めていくのかということがありますし、学校の教師は考え方とそれを実践していく姿勢に課題があると思います。公立の学校がすべて悪いというわけではないでしょうし、校長の経営によっても学校は変わると思います。私は代官山にある猿楽小学校で、3年間、教育を充実させれば子供が集まってくるという考え方で学校経営を実践しました。私が校長になった年には、子どもが176名の少人数の学校でして、都心部ですから当然統合も考えられる学校でした。
けれども、私が3年間校長をやっているうちに、267名になりました。児童数を90名増やしたのは何なのかというと、いかに先生方が意欲を持って教育活動に当たれるようにするかということと、地域の中の今まで気が付かなかったような環境を、教育にどのように取り入れていくかということを考えた結果でした。猿楽小学校は、近隣にエジプト、デンマーク、マレーシア、リビアなどの大使館が7つあります。地域で国際交流ができる、という発想で、まず運動会にご招待をしました。そのような取り組みをしていくうちに、学区域を越えて子どもたちが入ってくるようになり、それまで1学年1学級だったのが全学年複数の学級になり、教育も充実してきました。保護者の方々としましては1年生から6年生まで単級というのは人間関係も変わらないから不満という方が多いのです。
コミュニケーションで子どもの気持ちを理解し、楽しい学校に
今、公立学校の多くでは、いじめとか不登校とか学級崩壊とかいろいろな問題があり、1年生においては学級が成立しないうちに乱れているところもあります。学級崩壊というよりも、学級不成立というところもあると思います。
私は町田市で校長をしていた時に、多摩地域にある600校以上の小学校に、学級崩壊についてのアンケートをとり、それをまとめる責任者をしました。それは平成12年ですが、その時に多摩地域の小学校で、学級崩壊が3校に1校もありました。調べてみてわかったのが、一番崩壊の多い学級が、50才代の教員の学級だということでした。次に40才代。そして30才代をとばして20才代。何が原因でそうなっているのか調べてみたのですが、30才代の教員というのは、自分のお子さんも小学生のことが多いのです。そうすると子どもが今何を考え、何を要求しているか、親御さんがどういうものの見方をしているのか、そういうものが、担任としてはよく分かるわけです。そのようなことを理解しながら教育をしているのと、かつての教育のように子どもたちを権威で押さえようとしている教育をするのとでは違いがでます。「これはこうあるべき」、「これを守らないのはだめ」、「こういうことをするのはあなた方が悪い」という発想では通らない時代になってきています。子どもも家庭も変わってきているにもかかわらず、教師が変わらないで、権威で押さえつけようとしても学級は成り立っていきません。そういうところに崩壊の原因があるのではないかと思います。
確かに学校の中で、教える者と教えられる者の区別は必要です。師を尊敬するということは大切ではありますが、子どもたちとの人間関係ができていかないところで、「自分は先生なのよ。あなた方は学ぶ子供たちよ。」では通りません。また言い古された言葉ですが、教育とは車の両輪のようなもので、かたや家庭という車輪があり、かたや学校という車輪があります。それがどうもうまく機能していないことが多いようです。コミュニケーションを多く取っていくことが大事でしょう。
東京都の教育機関を退職した後、この学校に着任しました。この学校の先生たちはコミュニケーションが子どもたちと非常にうまくできていて信頼関係を持っていました。保護者の方とも密接な関係を持っています。すべての私学がそうかというと、そうではないでしょう。教員は学校ではみんなジャージに着替え、休み時間は子どもたちと一緒に校庭や広いグラウンドで遊びます。子どもと教師が、一番精神的な関りが持てるのは、肌と肌の触れ合いで、遊びを通してだと思います。それを行っているから、授業の時も信頼関係ができています。
この学校の広い環境というのも、教育活動におおいに影響していると思います。敷地は5万2千坪あり、とても自然に恵まれています。幼稚園も広い園庭を持ち、また園庭だけではなく学内のいろいろな所に行って自然と触れあう活動ができます。このことはこの幼稚園の大きな特徴です
夢を育む幸せ追究の幼稚園
相模女子大学小学部、幼稚部では、「夢を育む幸せ追究の学校・幼稚園づくり」を考えて、学校を運営しています。「幸せ追究っていったい何なのでしょうか?」ということを子どもの立場と、教職員の立場と、保護者の立場と、その3つに分けて考えていきたいと思っています。どの立場のものも幸せを追究していなければ、幼稚園が幸せ追究の場ですということはできないでしょう。子どもの立場ですと、「また、明日も幼稚園に来たい。お友だちと仲良くできた。先生とも楽しく遊べた。こんなきれいな鯉のぼりができた。」というように、毎日活き活きと幼稚園生活ができるようになることが、子どもにとっての幸せ追究の場になったということだと思います。
子どもたちは毎日毎日成長していきます。教員にとっていうならば、「その成長を援助して、力になっているのは、私たちだ。」と自負した時に、生き甲斐を持って教育活動ができる場、すなわち幸せ追究の場になっているといえるでしょう。保護者の方にとっては、子どもたちが毎日楽しく幼稚園に行きたいと言っている、教師も一生懸命子どもたちの保育に携わっている、そういうところを見て「こういうところに子供を預けていれば信頼できるわ。私たちも協力できるわ。」と思った時に、この幼稚園が幸せ追究の場になっているでしょう。このようなことを、私は幼稚園づくりの基本に考えています。
具体的に子どもをどう育てていくのかといった時に、幼稚園の教育方針として『自主、創造、健康、表現』という4つの柱があります。自主的な子ども、創造的な子ども、健康な子ども、表現力豊かな子ども、そんな子どもたちに育っていってもらいたいと思います。それを支えていくのは、私たち教師です。そして園のまわりの環境です。環境というのは、教師という人的環境でもありますし、物的な建物もありますし、自然環境というのもあります。総合学園だということの文化的環境もあります。
総合学園のメリットを生かした教育環境
昨日も大学の先生がここにみえて、議論をしました。相模女子大学には、「人文」「社会」「自然」の学科があります。食物学科の学生さんたちにとって、子どもを知るということは、管理栄養士などになる学科ですから特に重要です。学生さんたちが保育に参加をする場合、他の学校ですといろいろな手続きがいりますが、ここは身近に幼稚園や小学生の子どもたちと接することができます。
栄養士や管理栄養士になる人の就職先というのは、学校の給食や、企業の食堂やホテルですので、大量調理というのを大学の授業でやるのですが、今までは作っても大部分は処分していたようです。それを幼稚部の子どもとか、小学部の子どもたちに食べてもらうことができないだろうかという話が出てきました。合わせて、調理実習室には、大きな釜があり、しゃもじだって、家庭では使わないような大きなものがありますから、そういうところを幼稚園の子どもたちに見学させることも考えています。お互いに身近に交流できるのは総合学園としての利点です。
幼稚部と小学部との交流もあります。小学部は1学年約70名で2クラスですが、その約半分が幼稚部から上がっていきます。だいたい幼稚部は男子が3割から4割、小学部は2割から3割というところです。中学部になって女子だけになります。
この学校では総合といういい方をしていますが、小学部の生活科の授業で、1年生がいろいろなブースを開いて、そこに幼稚部の子どもたちを呼ぶ取り組みがあります。非常に人気があるのはザリガニ釣りです。この学校の学内にザリガニはいないのですが、小学部の教員が郷里などいろいろな所に行ってザリガニをたくさん捕ってきます。それを大きなプールに入れ、1年生の子どもがザリガニ屋のおじさんをやり、幼稚部の子どもがお客さんになるのです。
11月には相生祭という文化祭があり、1年生と3年生と5年生は必ず劇をやるのですが、その中での1年生の劇を、相生祭が終わってから、幼稚部の子どもたちに小学部のホールに来てもらって、もう一度演じて見てもらいます。逆に、小学部の教員が幼稚部に行ってサッカーや工作などを教えたりする企画があります。幼稚部の先生は今、女性の先生ばかりなので、小学部の男性の先生が行くのは大変魅力的です。定期的ではなく、時間の空いた時に適宜やるような先生方の交流を考えています。総合学園だから、まさにそれができるわけです。5月21日に小学部の運動会がありますが、その時には、幼稚部の年長さんがお遊戯で参加します。
こんな風に幼稚部と小学部の連携は多いです。小学部ではヤギを飼っているのですが、先日年少の子どもが私のところにやってきて、「部長先生、あたしね、ヤギのいる学校に行きたいの。」と言っていました。
大学との連携としては、大学のチアリーディングのクラブとの連携があります。グランパスという全国大会でも入賞するような実力のあるチームで、かつてはNHKの紅白歌合戦のバックに出たこともあります。そのグランパスが、幼・小・中・高と、運動会の時には応援にチアリーディングを披露してくれます。こんなことも総合学園としてのメリットでしょう。
本当にここは、総合学園としての文化的環境も、また自然の環境の面も、教員という人的環境の優れた面も、どれも自慢のできる幼稚園だと思っています。

幼稚園教育に初めて携わった時の思い出
私自身の教育に関する考え方は、子どもは善人であるという考え方で、この考えでずっと小学校教育をしてきましたし、教育行政もしてきました。昭和57年に足立区の教育委員会の指導主事になりましたが、当時足立区は小学校が120校もあり、公立の幼稚園が5園ありました。ある時、園長先生方の会で「新任の指導主事です。幼稚園の教育要領の中に自然という領域がありますが、専門が理科なものですから、自然という領域がある幼稚園教育に非常に興味を持っていますので、よろしくお願いします。」と挨拶をしました。そうしましたら、園長先生方がみんなそっぽを向かれたのです。今思えば非常に恥ずかしいことですが、後からある園長先生からお電話をいただきました。「あのような言い方をしていたらいけないんですよ。幼稚園というのは総合的な活動です。小学校は国語、算数、理科、社会と領域ごとに切っていますが、幼稚園の教育活動というのは、総合ですから、そんな風に分けることはできないのです。例えば公園に行って、子どもたちが活動をした時に、ある時には、虫や花に触れれば自然の領域、それを友だちと話し合っていれば言語の領域、楽しく公園で草だとか石を使って何かやりましょうとなれば絵画製作の領域、歌を歌えば音楽の領域。それが全部一緒になっている総合活動なのです。」と言われました。私は東京学芸大学在学中、幼稚園の単位を取った時にそういうことを教わったかどうかも覚えていませんでした。しかし、現場の園長先生に、「幼稚園は総合的な活動である。幼稚園教育というのは環境による教育である。」と教わったわけです。
その後、小学校の理科の学習指導要領作成の委員をしました。ちょうどその年が、平成元年度版の学習指導要領を作っていく段階で、低学年の理科や社会をなくして、生活科というものがつくられた最初の時です。要は、小学校と幼稚園の不連続をなくしていくためです。未分化な子どもが、小学校に入るとすぐに分化した教育を受けることになります。しかし、幼稚園から小学校低学年では、未分化な状態というのはまだまだある年代ですから、生活科というのができたわけです。文部省の委員会に出席して議論しましたが、そのような議論ができたのも、園長会で「幼稚園というのは総合的な活動で、環境による教育なのです。」とある園長先生から教わったからです。教育者として、教育の行政マンとして目が開くことだったと思います。40才の年でしたが、40でそのことを学べたというのは、自分にとって非常にインパクトが強かったです。今、幼稚部長として、先生方と教育について語り合う場面でも、それがベースになっています。幼稚部で私は今までの幼稚園教育とは、また違う意味の幼稚園教育の充実、発展ができると思っています。
インタービューの後、木下先生に小学部、幼稚部を案内していただきました。大学構内は本当に広大で大変恵まれた自然の中にあります。その中で育つ子どもたちは、きっと幸せに違いないと思いました。ちょうど、桜が散って八重桜が満開でした。
木下邦太朗先生、どうもありがとうございました。
2005年4月21日(木)相模女子大学幼稚部にて


