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和光幼稚園 インタビュー

和光幼稚園 大瀧三雄 園長先生

田園都市線 用賀駅、馬事公苑の近くにあります、和光幼稚園を訪ねました。大瀧三雄和光幼稚園園長先生は和光鶴川幼稚園の園長先生も兼務されています。鶴川には幼稚園から大学まであり、和光学園として総合教育を幅広く進めておられます。

和光幼稚園の大事にしている2つのこと

幼稚園で何を大切にしているかといいますと、ひとつは、子どもたちが夢中になれる世界を持てること、もうひとつは子どもたち一人一人をしっかり受け止めてもらえることで、人への安心感と信頼感を育んでいきたいことです。

自分が好きで夢中になれる世界をもつこと

土屋茂明 園長先生“どろだんご”を夢中で作っている子どもや鬼ごっこが大好きでグランドを楽しそうに走り回っている子ども、紙であそび道具を作ることを楽しんでいる子どもなど、そういった夢中になる世界をきちんと持てる子どもを育てたいと思っています。夢中になる世界が1つではなくて2つ、3つと広がっていくと、子どもは自分なり考えいろいろな工夫をし、また新しいことを作り出していきます。その世界を通して自分を形成することにつながります。夢中になる世界を持つということは、大きくなって、ちょっと学問的なことや知的なことに興味が湧いたときに、今度はもう少し深い研究をしてみたいと思ったり、こんな仕事をしてみたいと思ったり、自分の人生を決めていく上での大きな土台になります。

だから、夢中になる世界をきちんと持てる子どもに育てることが和光幼稚園の中で一番大事に考えていることのひとつです。

そこで幼稚園での活動で大事にしていることは

1.自然の中で実体験を

原っぱで遊ぶその夢中になる世界をどこで体験させるかといいますと、五感を使って、実体験をすることが大事なので、近くにある馬事公苑や砧公園に散歩に行ったり、少し足を伸ばして町田まで遠足に行ったりして、自然の野山に触れさせる機会を多く持ちます。そこでは、あれをやりなさい、これをやりなさいということはなく、斜面があったり、葉っぱが落ちていたり、虫がいたり、木の実がなっていたり、子どもたちが自分の好きなものを見つけて、それを実際に食べてみたり、触ってみたりしながら、いろいろ感じることができます。感じるから子どもはまた楽しみだいすきになっていきます。

2.ものを作る楽しさ

ものを作る楽しさは木工作が中心です。なぜ木工作かといいますと、釘を打って作っても、気に入らなくなったらまた釘を抜いて作り変えることができるからです。作品というのは、子どもが一度作っておしまいではないのです。子どもは作ったものとあそんでいくうちに形を変えたくなるわけです。それは自分の思いを実現していくことで、子どもたちは、ああでもない、こうでもないと、とっても夢中になれるわけです。変えてあそぶことが楽しくなると、また自分で新しくしたくなります。

工具を使って木工作子どもたちの作品

3.体を動かす楽しさ

園庭で木登り体操教室的に何々ができることを目的にするではなくて、おにごっこが面白くて、遊びが楽しくて、夢中になって走れる子になって欲しいと思っています。広いグランドで外あそびを十分に楽しみ、子どもたちは満たされた充実感を味わっています。ですから英語もやっていませんし、国語とか算数もやっていません。そのようなことは後になって必要になった時、知的好奇心を子どもが持ったときに、大人が関わりながら自分からすればよいと考えているからです。

幼児期の生活の中で自分が夢中になる世界を持っておくと、これは面白そうだ、何かやってみたくなような好奇心は、夢中になる世界を持っていないと出てこないです。最近、「勉強はできて大学に入ったけれど、でも自分が何をしたらいいかわからない」「仕事についたけど何をしていいかわからない」という人が多く出てきているそうです。今、教育改革を国が進めているわけですが、自分で仕事を見つけられる人に、いろいろな壁にぶつかったときに、そのことを受け入れながら自分からそこに向かっていける人になって欲しいと思っています。

子どもたちをしっかり受け止めて人への安心感を

ドン・ボスコのこころ 表紙自分を受け止めてもらえているという安心感をきちんと子どもたちに保障したいと思っています。

近頃は社会の変化の中で子どもに対する要求がたくさん増えてきています。私たちが育った時の大人の子どもに対する要求と、今の子ども達への大人の要求には、大変な違いがあります。将来を見据えて、今からしておかなくてはいけないという形で、大人の側からこういう風にしたいから、こういう風にさせたいからといった要求がたくさんあるわけです。しかし、そういった要求は、子どもにとっては苦しいことなのです。

子どもたちには、自分の今のありのままをちゃんと受け止めてもらえるということと、分かってもらえるということが大事だと思っています。受け止めてもらえることによって、安心感を持ち、それが人への信頼感になっていくと思います。

子どもが荒れたときそれを受け止めてあげると子どもは大変安心します。子どもは基本的には自分のことをしっかり受け止めてくれる人に対しては心を開きますし、穏やかになれます。しかし、自分のことをいつも批判的に見られたり、自分のことをちょっといやだと思っているなと思うと、自分の思いをストレートに出さないで、反抗的になったり攻撃になったり、または萎縮した形でひねくれた形で相手に関わります。「自分がいつもわかってもらえているな」「自分の姿を先生が見ていてくれるな」という安心感を子どもに持ってもらえるように子どもをしっかり受け止めて育てたいと思います。

昔はそれが家庭の中のおじいちゃんであったり、おかあさんであったり、近所のおじさんだったりしました。親とはケンカしても、隣のおじさんとは仲がいいということもありました。必ずしも親でなくても周りに自分をわかってくれる人がいたのです。ですから、子どもは人間に対する信頼感を、実体験を持ちながらどこかで持っていました。しかし、今は、核家族化が進み、隣近所との付き合いも少なくなり、子どもが親とうまくいかなければ、信頼関係をどこでも持てなくなってきています。ですから、私たち幼稚園の教師は、子どもがしっかり安心感が持てるように、その子の気持ちを理解してあげて、その上で活動を進めていくことを大事にしています。

対話型保育

音楽、体育、美術、造形、言葉、文学、いろいろと内容はありますが、例えば歌なら歌の楽しさを、私たちがどう伝えていったらいいのか。上手に歌えることを目的にするのでなく、教師と子どもとで歌の楽しさを実感しながら共有していくことで、子どもは教師と歌うことが楽しくなっていくのです。何々ができるようになるとか、こういうことがわかるというのことだけではなく、その活動の楽しさを、教師とのやりとりの中で子どもの中に育てていきたいと思っています。保育は先生から教えてやらせる教授型保育ではなくて、子どもとのやりとりを楽しみながら一緒に楽しみを創っていく対話型保育を目指しています。

8年前まではどちらかというと、教師が教育活動を全部用意していて、その内容で活動をすることで子どもを育てていくという発想をしていました。しかし、子どもの姿を見る中で、それで子どもに何が育っているのか疑問を持ち始めました。もっと子どもを中心にした保育にしていこうと、保育の内容も、大人からの思いだけで考えるのでなく、子どもたちが生活している中から、一緒に夢中になれる世界を創っていこうと考えているのです。例えば音楽1つ、曲を選ぶにときも、子どもの様子から、こういう曲はどうなのだろうかと考えているところです。

和光幼稚園は子どもにとっての幼稚園作りがねらいです。今までの日本の幼稚園の幼児教育は、どちらかというと大人があって、大人の世界から、子どもにこういうことをさせたいという形で活動をおろしてきましたが、そうではないと考えています。

総合活動

カマキリの卵を発見以前は、総合活動はこうしましょうと、その年齢の活動が作られていました。例えば、和光鶴川幼稚園では、子どもたちの生活している様子を見ながら、「テーマ」は、先生の方から出しますが、「内容」は子どもたちと一緒に作っていくとことを始めています。子どもたちが“虫の住む世界を”テーマにすると、自分の関心でいろいろ調べてきます。“どうして?”“なんで”“どうしたらいいの”など、さまざまな疑問や関心がわいてきます。その子どもの関心を一緒に考えながら、話題が広がっていきます。今はほとんどの家庭がインターネットですから、調べて、それをおとうさんに頼んでプリントして持ってきます。先生がそれを読み、いろいろな話がみんなから出てきて、「うちの近くにもそれがいたことがある」とか、そのようなところから形にしていきます。テーマはあるけれども、活動の内容は、子どもと教師がそこで創っていきます。活動の中で、幼稚園の教師は何でも屋ですが、美術の専門家でも、音楽の専門家でも、生物の専門家でもありません。私たちが大変恵まれていると思うのですが、身近にそういう専門家がいっぱいいるということです。大学、高校、中学、小学校に。ですから、幼稚園の先生はそこへ行って聞けるのです。そこには美術の専門家もいるし、工作の専門家もいますし、これはもっともっと頻繁に利用すべきだと思っています。

トンボに触れて鶴川には、幼稚園から高校、大学まであります。子どもにとっての教育とは何かということを、それぞれが考えるのではなく、もっとそれぞれの様子を語りながら研究者も入って、その中で子どもが育つということがどういうことかを研究していけば面白いと思います。

小さい先輩先生

幼稚園にはいろいろなあそびがあります。たとえば、コマであそぶ時、今まではコマを先生が用意して、あそびの中で一緒にやってきました。しかし、それではどうも楽しさが子どもたちに広がっていきません。そこでここ2年ぐらい、同じ敷地内にある小学校1年生が来て、4才の子どもと一緒にあそんでくれる時間を作りました。小学校1年生の子どもと一緒にコマあそびを3回くらいしますと、もう子どもは夢中になっています。

コマを真剣に見つめる先生から与えられて、じゃあみんな一緒にあそぼうなんてやっている時とは、全然雰囲気が違うわけです。あっという間にブームになっていくのです。小学生は、来ていろいろな姿を幼稚園児に見せますが、遊びの面白さも、雰囲気で伝えてくれます。

大人はあまりそういう雰囲気がないということだと思います。小学生は手取り足取り幼児に教えてくれて、一緒に遊んでくれて、それを幼稚園児は同じようにやってみたくなる。お兄ちゃん、お姉ちゃんの真似をしたくなる。そうすると、1ヶ月もすれば小学生と同じスタイルでコマをあそんでいます。投げ方がまったく一緒なのです。教えてもらった小学生のくせも含めて、全部真似しています。自分よりちょっと上の憧れるお兄ちゃんお姉ちゃんとして、幼稚園の子どもは小学生を見るのです。小学生は自分よりちょっと幼いと思うと、とても素直に真剣に関わってくれます。学級では友達とケンカしていて暴れていても、ちょっと小さい子どもに対してはとても素直でやさしいのです。

以前、高校生が、保育の選択授業で幼稚園の見学に来たときがありました。幼稚園児と一緒に遊んだのですね。その時に、高校生で髪を少し染めた子どもがいました。幼稚園の子どもとあそんでいて、「お兄ちゃん」「何?」「髪を染めてかっこ悪いよ。」と幼稚園児に言われたのです。大人が高校生にそんなことを言ったら嫌な顔をされて終わりだと思うのですが、その高校生は、幼稚園の子どもに対して、「かっこ悪くないよ。俺、かっこいいと思っているんだよ。」と、とてもまじめに素直に答えているわけです。それを見た時に、大人に対しては反発して自分の思いを出さないけれど、幼稚園の子どもの前では自分の素直な姿を出しながら向かい合うのです。こんな関係はとても大事です。上の子どもたちからすれば、小さい子どもには、ちょっと優しくして、自分の素直な突っ張らない普通の姿を見せられるというのはとてもいいと思いました。

そのコマ遊びのこともあって、幼稚園では、5歳児が小学校2年生に、絵本や紙芝居を読んでもらう時間があります。それは和光小学校の先生と、何か一緒にしようと考えていたとき、小学校の先生から、本を読む機会を作ってほしいなという希望があったからです。人に読んであげることで、本を読む力を子どもに育てたいという理由でした。子どもがお父さんやお母さんに本を読んであげるといっても、なかなか積極的になれないことがあります。そこで幼稚園の子どもに読んであげたら、一対一とか二対一でしていますが、小学生はとてもうれしそうに本を読んでくれます。今年初めて試みたのですが、一時間、先生は必要ありませんでした。あちこちで1人とか2人でグループになって本を読んでいたました。ずっと静かなものです。幼稚園の子どもからすれば、お兄ちゃんが読んでくれた本、小学生からすれば、かわいい後輩のためだったら本を読んであげようかな。そのような人との関係の中で自分は本を読んであげた。読んでもらった。「それが気持ちよくて、またお互いにしたくなった。」と、こんな思いになれるのです。小学生は、次はもうちょっと上手に読めるようにしようと思うし、幼稚園の子どもからすれば、あのお兄ちゃんの話、もう1回読んで欲しいなとか。その関係の中で子どもたちがいろいろなことを学習できればいいと思います。

幼稚園と小学校が本当に近くにありますから、今後もいい形を作っていこうとしています。今は、読書とコマ遊びと、小学校の踊りを幼稚園が見せてもらう機会を作っています。この人とのつながりを、高校生とも年2回持っていますが、卒業生とも関係がつくれたらと思います。和光小学校が、NHKの学校訪問で取り上げられたことがありましたが、いろいろな人が学校訪問をしてくれるようになればもっと面白くなるかもしれません。

卒業生の思い出

私は和光幼稚園に1979年から勤めましたので26年になります。一番古株になってしまいました。園長になって、3年目です。

私が担任した子どもたちは、幼稚園を卒業して、もう大人になってみんな大学生になったり社会人になったりしています。この前も自分が勤めて7年目に担任した子どもたちから連絡がありました。幼稚園を卒業した後、ずっと連絡を取り合っていまして、自分たちで幼稚園の同窓会のサイトを開いて、それにみんなが書き込んでいろいろやっているのです。書き込みのときのニックネームが、幼稚園のとき使っていた自分のマークなのです。幼稚園ではまだ字が読めないから、みんなマークを使ってひとりひとり区別していたのですが。もう大人になっていてもそのサイトで、未だに幼稚園時代のマークでやりとりしているのですよ。うさぎマークよりとか、ワニマークよりとか、ちょうちょマーク何々ですとかです。和光というのは卒業してもその後のつながりがずっと長いですよね。保護者の方も、卒業した時のお母さん達は子どもたちが大学生になっても親同士が集まって、忘年会だ、なんとか会だと集まっていらっしゃるようです。親同士も子ども同士も、ここで生活したことのつながり、絆が深いものになっているのです。

幼稚園から小学校、小学校から中学校そしてその上と和光学園を選んで行く生徒は多いのですが、やはり途中からいろいろなところに進路が分かれる事も多いのですが、子どもたちは今も集まっています。そのつながりは強いと思います。見ているととても面白いです。私は自分の幼稚園の頃の記憶というのは正直言ってほとんどないです。ですが子どもたちは、結構いろいろな記憶が残っているようです。

「人に対して信頼できる、安心できる。」

卒業生に聞いてみました。「和光を出てから社会に出て、何で一番苦労した?」と。「和光にいる時にはみんな自分のことを分かってくれて安心できた。ところが社会に出ると、そうではない人もいる」ことに、まず突き当たることのようです。外の大学に行くと、そこで人間として裏切られるのこともあり、それがまずは大変辛いらしいです。しかし、そこをどう乗り越えていくかという時に、自分の前の友達、以前の人間関係が土台になって生きていくようです。卒業生に聞くとみんなほとんどこのことを言います。

卒業生は、基本的には人間に対してどういう思いになっているかといいますと、「人間は安心できるものだな」と思っているのです。私は、人を信頼できる、安心できる人間として育って欲しいなと思います。もちろん幼稚園とか学校だけで全てできるものではないと思います。

わんぱくだった子どもは

卒業生をずっと見ていまして、幼稚園時代はワンパクでいたずらだった子どもが、そのまま大人になっているかといいますと違います。いたずらでワンパクだった子どもに限って、往々にして自分の世界があって、今ではりりしい大人になっています。幼稚園の時に見せる子どもの姿がそのまま大人になるのではありません。幼児期を見てあせる必要はありません。

日本は、どちらかというと、将来どういう風に子どもをしたいかという世界があって、今から将来を見るのではなくて、将来から今すなわち上から下を見るわけです。その考え方を世の中全体が変えていかないと、今の子どものことを本当に考えたことにはならないと思います。例えば小さいときからピアノをやらせるという発想には、「大人になったらピアノがちゃんと弾けて、できればそれを仕事にして生きていけることにしたいという希望があり」習わせるのと、「身近な人が弾いて楽しんでいる姿を見て、子どもがピアノをやりたくなってきて、ちょっと遊びの意味でやらせてあげて、教えてあげて、教わっていくうちにもっとこんなこともやってみたくなる」というのとでは意味は全く違うのです。私は後者の方で子どもを育てたいと思っています。

卒業生の話をしましたのも、和光の特徴といいますと、子どもの側から教育内容を一緒に作っていくことが一番の基本であり、そのことを私たちが一番大事にしていかなければいけないことだと思っています

インタビューが終って幼稚園ではちょうどお弁当の時間になっていました。
「私は教師になりたくてなりましたので、本当は、現場の教師が一番いいのです」とおっしゃっていたとおり、園児が人気者の園長先生の周りに集まってきて「今日の先生かっこいいね。とっても似合っているよ。」と口々に言っていました。「実はいつも私はネクタイをしていないので。」ととても照れていらっしゃったのが印象的でした。

大瀧先生ありがとうございました。

2005年1月12日(水)和光幼稚園にて

和光幼稚園 HP
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