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聖ドミニコ学園幼稚園 インタビュー

聖ドミニコ学園幼稚園 宮城千鶴子 園長先生

聖ドミニコ学園 正門世田谷にあります、聖ドミニコ学園幼稚園、宮城千鶴子園長先生は、3年前にドミニコ小学校の校長に赴任され、去年から幼稚園の園長と小学校の校長先生とを兼務されています。

それまではドミニコ中学高等学校で音楽を教えておられ、8年間ドミニコ中学高等学校の校長先生を歴任されたのち現職に至っておられます。

聖ドミニコ学園の名前の由来

宮城千鶴子 園長先生聖ドミニコ学園という名前の「ドミニコ」は、1171年、スペインのカレルエガと呼ばれる小さな村で生まれ、13世紀初頭に活躍した方の名前です。

ドミニコは、1203年、アルフォンソ8世というカスティリアの王様から自分の息子とデンマークの王女との婚約を取り決めるための使者として、オスマの司教ディエゴとデンマークまで旅をしました。

旅の途中で、ドミニコは南フランスを中心に広がっていたカタル派と呼ばれる異端と出会いました。罪なき善良な人々を偽りの教えによって窮地に追い込み、脅かされていた人々は教会に対する敵対心から分裂し、悲しい思いをしていました。

このような人々に兄弟的憐あれみを感じたドミニコは、教会の信仰の真理を正しく伝えることによってカタル派をなくそうと宣教活動に力を注ぐことになりました

ドミニコはいつも力によるのではなく、真理に基づいた説教、喜びにあふれた福音的な貧しい生き方によって、苦しむ人々の救済に貢献しました。ドミニコは南フランス、イタリア、スペインで説教してまわりましたが、ドミニコの説教を聞いた多くの若者たちが感動し、ドミニコの魅力にひかれて彼のもとに集まってきました。

こうして「説教者兄弟会」すなわち「聖ドミニコ修道会」が誕生しました。聖ドミニコ学園はその聖ドミニコによって創立された聖ドミニコ女子修道会の流れを汲む「聖ドミニコローマ女子修道会」を経営母体とする学校です。

ドミニコ学園が大事にしている「真理」「聞くこと」「人への思いやり」と

聖ドミニコ聖ドミニコが生涯を通して追求したもの、それは「真理」ということでした。「真理を証しする」ためには、自分が真理を探究してこそ真の教えが伝えられると、自分の弟子たちの多くを大学の町、神学の首府であるパリに派遣し、勉強させました。このことは、「真理を求め、自由に生きる人」を育てようとしている聖ドミニコ学園の教育理念の中に生かされ、勉強を大切にしています。

ドミニコはデンマークの旅の途中でトゥルーズの宿に泊まりました。ドミニコはカタル派だったその宿の主人と一晩中語り明かしました。そして夜の明け染める頃、宿の主人はカトリックに立ち戻りました。ドミニコは決して一方的にきめつけようとはせず、相手を打ち負かすのではなく、自分が確信することを相手に伝えようと語りました。このドミニコの姿勢は、聖ドミニコ学園の教育の中で、子どもたちの心と言葉を「聞く」という姿勢を大切にしていることに繋がっています。

ドミニコがパレンシアにいた頃、ひどい飢饉があり、貧しい人々が飢えで死んでいくのを見ました。富める人たち、権威者たちはそしらぬ顔でしたが、ドミニコは黙って見すごすことはできませんでした。

貧者の苦しみに心を動かされたドミニコは、福音のすすめに従い、死んでいく人たちを救おうと決心しました。彼は、学生にとって必需品である自分の持っていた本、その他の持ち物を全部売り、施物所を設けて貧しい人たちに毎日食物をくばりました

自分の手で注解を書き込んだ羊皮紙の聖書を売ったとき彼が言ったという言葉が伝えられています。「人々が飢えで死んでいくとき、死んだ皮の上で勉強していることはできない」と。ドミニコのこの行為は、他の神学生や教授の心を動かし、この青年に比べて自分たちが卑怯で欲深いのをさとって、きわめて多くの施しを行いはじめるものが出てきたという証言が残っています。

このようにドミニコがなによりも苦しんでいる人々を大切にしたように「人への思いやり」を大切にすることを、学園のキリスト教に基づいた教育の基盤としています。

私たちはキリスト教の教えのもとで、子どもたちを次のように見ています。子どもは両親から生まれてきますが、その両親はその両親から生まれてきます。辿って行きますと、子どもは神様から祝福されて生まれてきたのです。私どもは本当に神様から愛されている子どもとして尊敬しています。命を大切にと世の中では皆さんいっていますが、なぜ大切なのかといいますと、それは神様から愛されているからです。ご両親のお子様ですが、尊敬してお育てしたいと私どもは思っています

モンテッソーリ教育

モンテッソーリ子どもたちは幼稚園に来ますと、「今日は何をしようかな」とまず自分でしたいことを選びます。実は、モンテッソーリ教具を使って作業することを「おしごと」と呼んでいますが、子どもたちは毎朝、自分の時期にあった教具を自分で選び活動し、集中し、人格形成をしていきます。自分が興味を持っているものに集中することによって達成感を味わうことも大切だと思っています。

年長さんは、模造紙に書いてある日本地図に県の特産物などを貼っています。年中さんは、図形や文字の形をしたパズルのような作業があります。ある時、年中の男の子が形と文字を合わせていくお仕事をしていましたが、無理に当てはめようとし、なかなか完成しませんでした。そのうち「お仕事」の時間が終わって、他の子どもたちはお祈りを始めましたが、その子どもは終わるまで「お仕事」をしていました。私の方が飽きてしまって職員室に戻ってしまいましたが、できた時に彼は職員室に「できました!」と、そのお仕事を持ってきて見せてくれました。誉めてあげましたら、本当に嬉しそうでした。本当に子どもの集中力には感心しています。

縦割りクラス・横割りクラス

多くの子どもたちは、全員ではありませんが、ドミニコ学園小学校に進学します。小学校になりますと当然横割りになりますので、幼稚園では、縦割り教育を重視しています。年少、年中、年長も一緒の教室です。年長の子どもたちの中で、年少さんのお世話をする時、自分たちのことを「ねぇね」と言っている子がいます。年少の子どもは「ねぇねがいないとできない」等と言って甘え、大変慕っていて、年長の子どもたちは、本当によく年中、年少の子どもたちの面倒をみてくれます。

1クラス40人ですが、2人の先生がついています。ですから実際は20人を担当していることになりますが、2人の先生が全体を別な角度から見て教育することも出来るメリットがあります。

年長、年中、年少同志の横割り保育もします。特に年長と年中の横割り保育として、それぞれの曜日に体育専門の先生が来てくださって体操をしています。運動会では年長の組み立て体操、年中のパラバルーンを指導してくださり、運動会を盛り上げてくださいました。また、クリスマスの劇などの練習は横割りで練習します。そうすることによって小学生になったとき、横のつながりもできます。縦割りだけでなく、横割り教育も入れて小学校の教育にも適応できるようにしています。

思い出に残っていること

子供が成長するという中で、とっても記憶に残っていることがあります。中高生を担当していた頃は音楽が専門でしたので音楽部の合唱の指導をしていました。ある年合唱の指導をしていた時、どこからか変な声が聞こえてきました。一人ずつ歌わせていって、ある中学1年の生徒であることがわかりました。どうしても音が取れないようで、どうしてこの子が合唱部に入ったのかと思うくらい大変な音痴でした。小学校の先生に聞きましたら、やはり「なぜその子が合唱部に?」と不思議に思っている様子でした。お母さんに聞きましたら、この子はとても歌が大好きで、お風呂に入っても歌っていますとのこと。

小学校の音楽の先生が、その子に「歌ってごらん」と歌わせてみたら音程のない歌をずっと歌っていたようです。確かに歌は好きなようでした。せっかく入ってきてくれたのに、やめなさい、と言うこともできないので、とにかく指導していきました。

ピアノで「ソ」の音を出して、その子に「ソの音を出して」と言って、その音がピタッとあった音が出ると子供たちが拍手して、「Kちゃん、すごいよ、できたよ」とみんなで励ましました。
本当に不思議なことなのですが、その子が中学校1年の時、そのときのメンバーに彼女も入っていたのですが「朝日合唱コンクール」で全国1位になりまして、文部大臣奨励賞をいただいたのです。

彼女が2年になった時に、その子が歌ったら音程が狂うということで、ピアノが弾けるのでピアノ伴奏者にしようとしましたがリズム音痴でもありました。しかし、本当に考えられないくらい難しい曲の伴奏でしたが、彼女は10分休みやお昼の休憩時間ごとに音楽室に練習に来ました。友達も一緒に来て、背中をポンポンとリズムを叩きながら一所懸命練習をしていました。大変な努力家で、とうとう中学2年生も3年生も伴奏者を貫き、NHK合唱コンクールの都大会まで活躍しました。

モンテッソーリ高校生になると美術と音楽の専攻に分かれるのですが、その時も彼女は音楽を専攻しました。私たちシスターのことをメールと呼ぶのですが、ある日「メール、私、音大の声楽科に行きたい」とその子が私のところにきました。「だけど無理ですよね」ともう一人の講師の先生と相談していました。その頃パイプオルガンが聖堂にできたときでしたので、「そう、パイプオルガン科は希望者が少ないから、パイプオルガン科にしたらどうかしら」といいました。素直なお嬢さんでしたので、それからパイプオルガンを習い始めました。やれやれと思っていたのですが、今度、高校2年生になった時にまた相談に来ました。「背が小さいので、足が届かなくてパイプオルガン科は無理だと思います。やはり声楽科に行きたいです。」

この子が大変意欲的でしたので、口伝えのように入試1年以上前から課題曲と自由曲をしっかり教えて教え込んで、ある大学に「性格がよく、とても真面目な子です」と推薦しましたがだめでした。次に受験しましたのは、東京芸大の滑り止めで受けるようなレベルの高い音大でした。彼女はどうしても受けたい、記念受験にしたいといいますので、受験させてみました。

発表の日に電話で「合格した」と彼女から連絡が来ました。かわいそうな事に、その時に誰一人おめでとうと言った人がいませんでした。「Kちゃん、受験番号間違ってない?」とみんなが言ったのです。彼女も自分の受験番号を間違えたのではないかと思い、合格通知をいただきに事務室に行ったとき、受験番号を間違えていますと言われるのではないかと思ったそうです。でも立派に合格していました。

音大に入ってからのことです。レッスンでは1週間に何曲も課題が出るものなのですが、彼女は練習に多くの時間が必要でした。そのため一週間で数曲も上手く歌えません。担当の先生が彼女に「あなた、入学試験の時はあんなに綺麗に歌えたのに、どうして」と聞きました。彼女は「受験したときの課題曲は1年以上練習しましたから」と威張っていったのです。終いには、その先生が「あなたのペースに合わせるわ」と言ってくださったらしいです。

レッスンの時に上手く歌えなくても、どうしてか、彼女は試験の時には上手に歌うのです。彼女に「なぜ、試験の時は上手く歌えるの」と聞きましたら、「レッスンの時には先生にいろいろと言われますが、試験の時には先生が何もおっしゃらないので、好きなように歌えるからです」と言っていたようです。本当に自分の心から訴えることの出来る歌が歌えることが大好きな子でした。

彼女は別の大学とのアンサンブルの指揮者をしたり、オラトリオの曲を演奏会で指揮をしたりしました。「あなたの指揮で私が歌うと思わなかった」と中学高等学校当時、彼女の声楽の指導をしていた先生が言っていたそうです。今は、都立の養護学校の音楽の先生になり大活躍しています。

この生徒のことは色々な人に話していますが、あなたにはその才能はないと言ってはいけないといういい見本です。教育はeducation(ひき出す)という意味で、ひき出してあげるのが教師なのです。そして、その子を育てたのが同級生です。音程が合った時に拍手したことが、どれだけ彼女の励みになったでしょうか、そのことがあったので彼女は声楽科に行きたいという思いを募らせていきました。今は都立の養護学校で音楽の先生をして、いろいろなところで歌っているようです。本当に子供の才能を大切にしなければなりません。

「生きたい。生きたい。」、「伸びたい。伸びたい。」

本当に子どもを尊敬したいと思いますのは、このような子どもが本当に育ったときです。数学ができなくて赤点の子どもが「北里大学の薬学部に行きたい」と言ったとき、数学が赤点では無理です。しかし、行きたいと言っているので、「それでは、毎日数学の問題を解いてごらん」と指導し、その子どもが自分で解いては、課題を提出していました。家で自分では解けるのですが、テストは全くだめでした。結局、中学3年間全く伸びませんでしたが、高校1年生でぱっと芽が出て、結局はストレートで北里大学に入りました。

本当に先生たちが丁寧に指導してくださり、数学の先生も根気よく指導してくださいました。ご両親や大人がサポートしてあげるだけで子供は本当に伸びます。だめだめの言葉は言ってはいけません。この子たちは、私たちよりも将来偉くなるのですから。

「生きたい。生きたい。」、「伸びたい。伸びたい。」という言葉にいつもいきあたります。とても子どもたちには感動します。本当に生きていたい命。ただ生きるなら誰でもできますが、生きる力を育てる、よりよく生きる力を育てたいと思います。

子どもの中にある「伸びたい」という力を伸ばしてあげるのが教師です。それは幼稚園から、生まれた時から、お腹にいる時から受精した時から始まっています。その時から人間なのです

今、自分のお母さんに赤ちゃんができたお子さんが「今、5cmなんだって」と誇らしげに言っています。親が子どもと一緒に次の子どもとつながっているのです。そういうご両親もいます。

今日のクリスマス会も、練習で出来ないところを叱られながら何度も練習をしているのを見ていましたので、今日のみんなの出来栄えは、本当に涙が出るくらい良かったでした。はじめから全部の過程を見ることができて、教師はいいものだと思います。ご両親は今日しか見られないのですから。

一環教育ですので、幼稚園から高校まで成長過程がよく分かります。最後まで通ってくれた子どもは15年間。今年、成人式を迎える子どもたちが学校のホールで成人式をしたいと言ってくれています。

中学高等学校で反抗などの問題が起きた時、原因を探ると幼稚園時代にある事が多いです。心の傷は幼稚園時代前からあるいは幼稚園時代に受けています。その時期のお母さんの育て方がどれだけ大切か、幼稚園ではお母様方にお伝えしています。今が大切。子供は今の「時」が大切なのです。

罪を犯してしまった子を「そんな風に見えなかった」とよくいわれていますが、そのように育ててきたのです、急になるのではありません。原因は小さい頃に作られていたのです。

この学園の子どもたちは、自分の子どもではありませんが、神様から授けられた大切な命、祝福されて生まれてきた命と思って尊敬しています。ご両親は、子どもたちを自分の所有物のごとくみなすのではなく、神さまから授けられた大切な宝として育てなければいけないのです。

クリスマス会クリスマス会の後に「本当に大げさに誉めてください」とご両親にお話をしました。誉められることで、子供たちは次はもっと頑張ろうとしてよく育ちます。子どもたちもご両親から今日はとても良かったと言ってもらっていると思います。

このような感動が毎日あるということは、とても幸せです。毎日楽しいです

幼稚園の子どもに、「100歳」というと信じてしまいます。おばあちゃんって言われるから悔しくて今度は「30歳」と言いましたら、それも信じて「うちのパパは29歳」と言ったりします。幼稚園の子どもと対話するのは本当に楽しいです。

兼任ですから子供が外遊びをしている時に小学校に行こうとしますと「どこに行くの?早く帰ってきてね」という子どももいたり、「知ってるよ。今度は小学校の校長先生になるんだよ」といったりする子どもがいたり、本当にかわいいです。

今年も音楽部で育てた子どもたちが、定期演奏会をしましたが、その練習にきた時、中高時代は叱られていた子どもたちが、「気を付けて段差があるから」と私をいたわってくれるなど、大人に成長した卒業生に会えるのもまた感動です。ドミニコ学園は今年で50周年を迎えました。社会人の同窓会があり、大変多くの卒業生が集まりました。

学園を巣立った子どもたちが、友人に子どもが生まれると、自分の子どものお下がりをあげたりしているようです。「あったかいねドミニコ・いままでもこれからも」という横断幕が正門の横にありますが、聖ドミニコ学園の幼稚園生・小学生が考えたキャッチフレーズです。5本の指のマークを描いたのは保護者の方、天使の絵は中高生と、保護者、園児、児童、生徒が一緒になって出来上がったロゴマークであり、横断幕を作り上げました。

子供たちと一緒に泣いたり、笑ったり、怒ったりの数十年間は本当によかったです。校長も園長もいいですが、やはり現役が一番いいですね。

お写真の通り優しさがいっぱいあふれていて、とても魅力的な先生です。宮城先生ありがとうございました。

2004年12月9日(木)聖ドミニコ学園幼稚園にて

聖ドミニコ学園幼稚園 HP
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