洗足学園大学附属幼稚園 稲田 拓 園長先生
世の中にリーダーとなる人材を多数送り出された経験を通して、幼稚園の子供達のあり方を語ってくださいました。

略歴
慶應義塾大学文学研究科修士課程終了。
慶應義塾大学教授、慶應義塾高等学校長、慶應義塾湘南藤沢中・高等部初代部長を経て、1999年より洗足学園大学附属幼稚園長に就任。
慶應義塾大学名誉教授。
洗足学園音楽大学名誉教授。
私はもともと、慶應義塾大学のドイツ語教師で、40年ばかり務めました。
後半の20年間は慶應義塾高校の校長と湘南藤沢中・高等部初代部長職に携わりました。
定年で辞めて、洗足学園の短大幼児教育科長を仰せつかり、幼稚園長も兼務することになりました。
洗足学園との繋がりは、音楽学部で、私の恩師のお手伝いをするために、ドイツ語の非常勤講師を始めたことからで、長い間のご縁があるのです。
ですから、幼稚園の園長といわれても、あまり戸惑うことはありませんでした。一緒に住んでいた孫が別の幼稚園に入っていましたので、家の者からの情報もあって幼稚園児の様子がわかり、とても助かりました。孫がいたので幼稚園長が無事に務まったと、思っています。
洗足学園大学附属幼稚園の特徴は自由な保育です。
幼稚園教育には、みんながスケジュールに従って行動するのが原則の一斉保育と、そうではない自由保育がありますが、本園の一番の特徴は自由な保育です。
平常保育の場合、園児は9:00から9:30ぐらいまでの間に登園し、11:00を過ぎて昼食の準備に入るまでは自由に遊びます。昼食はみんなで食べますが、終わったらまた好きなように遊びます。
13:00過ぎにまた集まり帰る準備を始め、みんなで紙芝居を見たり歌を歌ったりして13:30頃に降園となります。園児の自主性を尊重しながら、適切な行動に導く保育を行っています。
「朝のご挨拶をさせないのですか」とご父母から質問がありました。
朝、幼稚園に来て、例えば、砂場で遊んでいるときは、「これ造ろう。」とか、何か夢があるわけです。いいところなのに「はい、集まって」、「おはよう」と挨拶をしてまた、続きをどうぞ、と言われても園児の気分が変わってしまいます。せっかくクリエイティブな気持ちでいるのを中断させない方がいい。挨拶は登園したときにすませていますと説明すると、皆さん納得してくださいます。
入園したての3歳児には、まず、幼稚園を好きにさせる。いやがらずに幼稚園に来たら立派なものです。
みんなが楽しそうなので、自分も楽しくなって、それで周りの人も楽しくなるような雰囲気が大切です。家庭ですべてが自分の領域、自分の物という生活しか知らなかった子供が集団を形成すれば、いろいろなトラブルが起こります。トラブルを経験し、それを乗り越えることで成長するのです。同年齢の集団の中での身の処し方を学ぶ環境を与える場が幼稚園です。おとなしく、言うことをよく聞くようにと枠にはめていくのではなく、自由にのびのびと園生活をする中で一つずつ各人の問題を解決しながら、社会性が身につくようにしています。年齢相応に状況判断ができるようにしたいのです。3年後にどこの小学校に入学しても困らないようにするのが目標です。
遊びの中で学ばせ、好きなことを思いっきりさせると、ストレスがたまらないので、揺り戻しが来ない。これは子供にとって大切なことです。
見学会に来られた方に、全くてんでんばらばらに遊んでいる姿をみて「今、休憩時間ですか。」と訊かれたことがあります。
年齢別の大まかな区分はしていますが、みんないろいろな形で遊んでいます。
幼稚園で教わることはたくさんありますが、それは学校で教科の勉強をするのとは違います。仲間たちとの遊びから学び、成長していくのです。
ご父母から感謝されています。
6月にお母さんたちとのグループ別の面談をしたとき、下のお子さんのベビーシッターを頼む必要があるので、スケジュールを早く知らせてほしいとご要望がありました。
小さいお子さんをお預かりするのが幼稚園の役割なのに、わざわざベビーシッターを頼まなければならないのは、よくないと思い、皆さんには、下のお子さんも幼稚園に連れてきて、傍に寝かせておいてくださいとお伝えしました。今ではそれが普通になって、入園式から卒園式まで赤ちゃんの声が聞こえてきます。
入園テストのときもお父さんが来られなくても、お母さんがいらっしゃればその役割が果たせます。両親とお目にかかれるのは望ましいことですが、社会的に活躍されている方には時間の制約があって、都合のつかないこともあるでしょう。申し出ていただければいいのです。
あと1時間か2時間、幼稚園でお子さんをお預かりすれば、ご父母がベビーシッターを頼まなくてもいいという観点から、「預かり保育」も始めました。
理由をお伺いすると、いろいろなものがあります。
歯医者さんへ行きます。姑が入院しました。このごろお仕事をされているお母さんも増えてきましたので、お仕事であっても週3回までお預かりしています。だんだん幅が広がりました。
本園の昔からの保育のあり方は基本的には変わっていませんが、私の一番大切にしている考え方は、子供とご父母にプラスになるいいことかどうかです。ご父母にとって自由になって結構だけれど、子供にとって本当にいいかどうか疑問に思うことはしません。
10年以上前、慶應の湘南藤沢中・高等部を創立する時、一番に考えたことは学校や教員、生徒なら上級生が威張らない学校にしたいということです。問題があっても、自分たちに都合のいいことだと、ずっとやってきたのだから、変えなくてもいいと錯覚する場合が多いのです。
みんながのびのびできるように、いつも改善する発想を持とうと努力しています。着実に1歩ずつ前進し、実りが得られればいいと思っています。
1学期に1回か2回ご父母にお話をしています。
ご父母には、私のキャリアから、皆さんのお子さんが、大学生や大人になったときにどうなるかはある程度わかるので、そのときに望ましい人になるためには幼稚園時代をどういう風に過ごしたらいいか、という観点に立ってアドバイスをしています。時代の推移を考えに入れながら、ご父母に今までの経験を話すと、なんとなく「焦らなくてもいい」と思っていただけるようです。
特に年長のご父母と小学校進学について考えるときに、「男の子はやや、おくてで、女の子はしっかりしています。社会性は女の子が上ですよ」と言います。
湘南藤沢の中高校長を7年務めましたが、中学入試の面接の時、女の子は大変賢く見えました。男の子には幼さを残している子がたくさんいます。そんな男の子が高校2年から3年になると、ぐんと大人になります。体の小さい男の子は特に変わります。これで大学に行っても大丈夫といった具合に男の子は豹変するのです。
このような事例をお伝えすると、ご父母は安心してくださいます。
私が園長として一番役に立っていることは、ある程度先のことを見通せて、「慌てなくていいですよ」と言えることだと思っています。
周りのお子さんとの比較でなく、ご自分のお子さんの進歩を見てください。どの子も3カ月前より進歩しています。今は情報が溢れています。その情報に合わせるのではなく、ご自分のお子さんの立場でもう一度考えてみてください、とアドバイスしています。
慌てずゆっくり着実に進む。
いずれこの子も立派になるだろうと、思う存分楽しみながら成長を見守る。
親のいうことをよく聞いて、お行儀がよくて手間がかからない子供が将来伸びて行くとは限りません。むしろ小さい時にいじくりまわすと、伸びないのが普通です。
指示待ち人間ではなく、気力、体力、判断力があり、将来リーダーシップを取れるような大人になるためには、生意気だけど、人付き合いがよく、何かに熱中するタイプ、できれば状況を見て行動できるような子供の方がいいのです。幼稚園児に 1年か2年たてば誰でもできるようなことを早く教え込んで、うまくできたと喜ぶのは意味のあることとは思いません。
こういった話を、半信半疑でもいいと思って、ご父母に聞いていただいています。
印象に残っていることは?
この幼稚園の園長になってすぐ、入園式があり、子供たちにどう話すか苦心しました。そのあと5月に、初めての小さな運動会が行われました。家内に私の話は長いから、幼稚園の小さい子供達にはきっと分からない。話は短くした方がいいですよ、と言われました。
そこで当日朝、
「おはようございます。
天気がよくてよかったですね。
みんな元気にがんばってください。
終わり」
と言いましたら、年長の園児に「先生、短すぎるよ」とやじられました。
このことは忘れられない思い出です。何か二言三言、話を付け加えないといけないというのが、このときの教訓です。年少、年中、年長と年齢によって園児の理解力には大きな差があるのです。
もうひとつ、入園当初の3歳児にはちょっと人見知りして、まだ園にとけ込めないでいる子がいます。そんな子が私に甘えてまとわりついてくるのです。それで抱っこしてあげます。私も私もと言って皆私になつくのですが、不思議なことに、年中になるとそんな子達が、私がいても振り向かなくなります。成長して自立したのですね。それから年長になると、無視はしなくなり、なんとなく挨拶してくれるのです。
そのような子供達が、小学校に入ると「園長先生」と元気に声をかけてくれます。私はなかなかの人気者というわけです。
年齢ごとの成長がいろいろな形で現れてくるので興味深いです。毎日、楽しく人間についての勉強をさせてもらっています。
教育に関する、長年のご経験からの深い多方面のお話をお伺いすることができました。教育に関するメディアのあり方のご意見もお話していただけました。
自由な雰囲気から学びを引き出していく、子供の気持ち、親の気持ちをよく理解すること、ひとつひとつ学園の目指されていることの大切さを感じました。
稲田先生、本当にありがとうございました。
2004年8月2日(月)洗足学園大学附属幼稚園にて
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