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桜井先生の「道草しながら」

桜井先生のプロフィール

オムニバス雑記帳

今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』1997年8.9月合併号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、2012年2月3日に加筆しました。

 雑記帳には短いけれど、編集後記にはちょっとという文章がずいぶんたまってしまいました。舌足らずかもしれませんが、オムニバス雑記帳をお楽しみください。

『行き当たりばったりの人生』
 コンビニはいつでも開いているから計画的な買い物をしなくてもよくなりました。用事もないのに、とりあえず入ったりもします。いつでも開いているのに、つい、あれもこれも買っておこうなどということもしてしまいます。
無計画な買い物であり、生活であります。
 このような生活習慣は人生設計にも反映されるような気がします。
 行き当たりばったりの人生になってしまうのではないでしょうか。

 『イチローの変わらなきゃ』(自動車のコマーシャルでこんなフレーズがあったのです)
イチローの変わらなきゃは、何が変わるのでしょうか。
 自動車が変わるのでしょうか。それより自分が変わらなくてはいけないのではないでしょうか。ぶつかった時に安全を確保するためにエアバックをつけるのも大切ですが、エアバックが不要な運転をしなくてはいけないのではないでしょうか。

『進歩しない人類』
 1970年の大阪万博のテ-マは「人類の進歩と調和」
 1997年の今、進歩はしたけれど、未だに調和できない人類。

『若者の感性』
 今の若者は感性が豊かでしょうか。ファッションや流行にとても敏感です。しかしそれが感性なのでしょうか。
 いえ、情報に敏感なだけなのではないでしょうか。それが証拠にみんな同じです。感性が豊かなら、もっと色々な若者に出会えると思うのですが。

『潤いと憂い』
 自分が潤ってしまいました。かわりに、今までもっていた憂いを失ってしまいました。
 自分に少しでも憂いがあることで、人の憂いもわかってあげることができたのです。
自分の憂いがなくなったことで、他人に憂いがあることまで忘れてしまいました。
すなわち私たちはあまり潤いすぎてしまったのです。
 潤い:物質的な足し。生活上のゆとり
 憂い:悲しい事柄。心配ごと

『礼節』
 「衣食足りて礼節を知る」ということわざがありますね。
 今は、「衣食過ぎて礼節を忘れる」ではないでしょうか。

『欲しいもの』
 今私たちは欲しいものと必要なものの違いがわからなくなってきています。
 宣伝や広告を見て欲しいと思うのはやめましょう。
 必要な物があって初めて広告や宣伝を見て研究しましょう。

『必要を越えた情報』
 物だけでなく、テレビの番組も必要を越えてしまったのではないでしょうか。
 私たちが必要としている情報を越えてしまったような気がします。そこまでする?と思うほど便利な品物。こんなことを流していいのかと思うような番組。結構ありますよね。

『何でもできるは何にもできない』
 ひとつのことで色々な効果を求めてはいけません。
 ひとつのことができるようになるには時間がかかるのです。最近は色々なことを、いっぺんに出来なければいけないような風潮があります。
 それは物についてなのですが、もしかすると子どもや私たち大人にもそれを求めているのではないでしょうか。

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