新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(32)
「愛国心は国民を偽善者とする」
スチムソンと会見した二日後の6月3日の「アメリカで学びつつあること」に「集団的良心」と題する次のような文章をのせている。
451 集団的良心
32・6・3
“運命”とよぶにせよ、使命とよぶにせよ、われわれは、われわれのものでない強い力、即ちわれわれを推し動かす力、われわれがコントロールできないと思われる衝動の働きをみとめる。良心すらその力の命令に合わせねばならぬ。廉直この上ない人々、疑いなき人格の持ち主が、心から己が国の罪を非難しながらも、それを他の国々の犯した罪よりは軽いと大目に見るのはそれゆえである。愛国心は、国民すべてを偽善者とする。集団的良心はわれわれすべてを老いぼれにし、頓馬にする。
彼は言う。「愛国心は、国民すべてを偽善者とする。」そしてこの愛国心の故に、「廉直この上ない人々、疑いなき人格の持ち主が、心から己が国の罪を非難しながらも、それを他の国々の犯した罪よりは軽いと大目に見る」ようになるのだと。「廉直この上ない」「疑いなき人格の持主」である新渡戸は、アメリカで母国の弁護活動をするに際して、愛国心故に自ら陥り易い、即ち己が国の罪を他国よりも軽く見る過ちを自覚していたようにも思える。彼は自らの良心を愛国心の命令の下に従わせたのである。しかしそれは彼が述べているように、彼自身が「偽善者」になることに他ならなかった。

Photo by 飯田純一
Back Number
- 渡戸稲造晩年の苦悩
−憂国と愛国の間で− - 第36回 悲しい「護国の鬼」
- 第35回 ボルシェビキ・ロシアの餌食となって…
- 第34回 「第三者の干渉のゆえに」
- 第33回 「満州事変は自己防衛」
- 第32回 「愛国心は国民を偽善者とする」
- 第31回 満州国は傀儡である、と
- 第30回 “Poor Old Nitobe”
- 第29回 スチムソン会見
- 第28回 五・一五事件
- 第27回 行け、汝の内なる光を頼りに
- 第26回 盲目の指導者たち
- 第25回 盲人が盲人の手を引く
- 第24回 アメリカへ
- 第23回 忍ぶ心は神は知るらん
- 第22回 古への目ざめし人の跡見れば
- 第21回 森垣太郎への手紙
- 第20回 左近司談話
- 「Warm Heart Lecture」バックナンバー
- 「Warm Heart Letter & Essay」を読む


