新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(30)
“Poor Old Nitobe”
彼は6月1日の日記に次のように記している。
1932年6月1日 水曜日
午後、 ニトベ博士来訪。 長時間、 彼と日本の軍部について話し合う。“Poor old Nitobe”お気の毒なニトベ老人は昨冬、日本の軍国主義者は、中国の謀反将軍と同じように日本にとって危険であると言明したため、軍部の指導者たちに謝罪するという、屈辱的立場におかれたのである。
ニトベ博士は言った。日本の自由主義思想の流れは、今は口も開けず、何を言うこともできないが、やがてヒステリーの嵐がすぎれば、遅かれ早かれ再び息をふきかえすであろうと。
また彼は率直に言った。満州はいずれ、三千万の中国人が、外部の征服者による同化策に対して、被征服者が常に示すのと同じ頑強さをみせることは疑う余地のないことだと。

Photo by 飯田純一
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- 渡戸稲造晩年の苦悩
−憂国と愛国の間で− - 第36回 悲しい「護国の鬼」
- 第35回 ボルシェビキ・ロシアの餌食となって…
- 第34回 「第三者の干渉のゆえに」
- 第33回 「満州事変は自己防衛」
- 第32回 「愛国心は国民を偽善者とする」
- 第31回 満州国は傀儡である、と
- 第30回 “Poor Old Nitobe”
- 第29回 スチムソン会見
- 第28回 五・一五事件
- 第27回 行け、汝の内なる光を頼りに
- 第26回 盲目の指導者たち
- 第25回 盲人が盲人の手を引く
- 第24回 アメリカへ
- 第23回 忍ぶ心は神は知るらん
- 第22回 古への目ざめし人の跡見れば
- 第21回 森垣太郎への手紙
- 第20回 左近司談話
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