新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(29)
スチムソン会見
新渡戸とて、こんな重大な質問に簡単に答えられる訳もなかった。彼はとっさに大統領に、
「暗殺は憎むべきことだが、日本には亡くなった指導者たちが残した仕事を実行できる人がないわけではない」そして「日本が、国内的にも対外的にも、非常に急激な変化をこうむることはないと思う」
と答えた。しかし言葉とは裏腹に、打ち続く母国のテロと軍国主義の昂ぶりに言い知れぬ不安を感ぜぬ筈はなかった。
同日の午後、新渡戸は国務省でスチムソン国務長官と会見した。スチムソンは満州事変直後、若槻内閣の下で「事態の不拡大」を唱え、関東軍の暴走を押さえようとする幣原外交に強い期待を寄せて満州の成行きを見詰めていた。しかし10月11日若槻内閣が崩壊し幣原外交が終焉、12月28日関東軍が錦州へ浸出、1月3日同地を占領するに及んで、1月7日、日本の満州での軍事行動の不承認を表明する「スチムソンドクトリン」を発表したのだった。スチムソンは、満州での関東軍の動き、日本の政治の動向、日本国内での軍国主義世論の抬頭をほぼ正確に把握していた。
Photo by 飯田純一
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- 渡戸稲造晩年の苦悩
−憂国と愛国の間で− - 第36回 悲しい「護国の鬼」
- 第35回 ボルシェビキ・ロシアの餌食となって…
- 第34回 「第三者の干渉のゆえに」
- 第33回 「満州事変は自己防衛」
- 第32回 「愛国心は国民を偽善者とする」
- 第31回 満州国は傀儡である、と
- 第30回 “Poor Old Nitobe”
- 第29回 スチムソン会見
- 第28回 五・一五事件
- 第27回 行け、汝の内なる光を頼りに
- 第26回 盲目の指導者たち
- 第25回 盲人が盲人の手を引く
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