新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(22)
古への目ざめし人の跡見れば
その経過は割愛するが、事件が一応の落着を見た3月22日、新渡戸は山形県赤湯温泉東雲寺佐藤法亮尼あてに次のような手紙を認めた。法亮尼は年令や身分や男女を超えた新渡戸の心を許した友人であった。
−前略− 先般一身に関する危険有之との御警戒を賜り有難く存じ候
警視庁に於ても不少心配され毎日入院せる病院と小石川の留守宅に私服の刑事係の役人を詰めさせ、小生生れて初めて大切なる要人の如き取扱ひを得候
今日も猶ほ一名の巡査見張り外出の節は、同行致し呉候 小生もかねての心懸有之候はば相当の覚悟は有之候 お笑ひ迄に左に拙作お眼にかけ候
折らば折れ古りし梅ケ枝折れてこそ
花に色香をいとど添ふらん古への目ざめし人の跡見れば
踏みにし道は紅に染む昔よりかかるためしのあると聞く
何か惜しまん老いの此の身を我とても親が子なれば物音に
みださざるべし心一つをお笑い草はさて置き、御耳に達し置き度の義之有候 余儀も無之候が曾て貴姉が今夏、使命を帯びて海外に派遣せらるるならんとの御知らせ有之候通り、近々米国に行くべき相談を受け候 政府よりも命令ある様に相談有之候へ共、小生は政府よりの派遣を望み申さず、私人の資格にて事に当り度く存候 尤も斯なくしては世俗的名誉は難得候へ共、行先に於て働くには却って自由と存候 都合よくば来月中旬家内同伴出発致し度存候 何分現今米国に於ける対日思想は、悪化を極め候事なれば、暗夜に飛込む如き心地致候へ共是又奉国の一念以外の他意なく
国を思ひ世を憂ふればこそ何事も
忍ぶ心は神は知るらん昭和七年三月廿二日
新渡戸稲造

Photo by 飯田純一
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