新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(17)
当局の声明は三百代言的
しかし上海事件についてはどうであろうか? 彼は「上海事件に関する当局の声明はすべて三百代言的」であり、「上海事件に対しては正当防衛とは申しかねる」と上海事件の本質をこの時点で正確に見抜いている。実は上海事変は前にも少し詳しく述べたような経過を辿って拡大していったのであるが、実は上海事変の発端となった僧侶、信者殺傷事件は、当時上海にいた公使館付武官補田中隆吉少佐が、無頼中国人を雇って日本人僧侶を襲撃させたものであった。彼は太平洋戦争終了後みずからそう証言した。満州から列国の関心をそらすため、上海で事件を起こすように関東軍板垣征四郎参謀より依頼を受けたというのである。また三友実業社襲撃も彼が重藤千春憲兵大尉に指揮させて行なわせたものであった。上海事変も、満州事変と同じく、関東軍の謀略によって始まった。しかしその真実が明らかになったのは戦後になってからであり、上海事変勃発当時は、当事者を除いてすべての国民が、中国人による日本人襲撃が原因であると信じていた。そういう中での新渡戸の発言の意味を考えるべきである。

Photo by 飯田純一
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