新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(3)
「三月事件」
世に言う「三月事件」とは、陸軍の建川美次参謀本部第二部長、小磯国昭軍務局長らが中心となり、軍事クーデターによって、宇垣軍部内閣を実現、国家改造を図ろうとするものであった。実行の中心は桜会の橋本欣五郎中佐や右翼の大川周明らであった。計画が事前に発覚したため未遂に終わったが、当時真相は闇から闇に葬られ、首謀者に対する処罰は一切行われなかった。国民は事件の存在さえ知らされなかった。しかし、新渡戸は宮中の牧野さえ知らないことを事件の直後に既に知っていた。新渡戸は1929年4月1日から『大阪毎日』『東京日日』の編集顧問を委嘱されており、両紙の編集・校閲に当たっていた。これら二つのいずれかのルートで彼は事件の情報を得たものと思われる。しかし当時、両紙共これをニュースにすることはなかった。

Photo by 飯田純一
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