新渡戸稲造晩年の苦悩−憂国と愛国の間で−(2)
牧野伸顕 訪問
1931年4月8日、新渡戸稲造は札幌農学校同期の旧友、佐藤昌介を枢密院議員に推薦すべく、旧知の内大臣牧野伸顕を訪ねた。牧野はその日の日記にこう記している。
4月8日
新渡辺[戸]博士来訪。佐藤昌介男枢密院云々の件なり。議会中文相へ機会あり話し試みたるに、文部より推薦すれば先づ佐藤なり、牧野伯よりも同様御話しありたりとの事なりし由。其後高岡〔熊雄〕よりも小生へ重ねて御願致し呉れとの事あり、旁々罷出たり云々。仍て右は小生も心懸け居る事なれば、今後相当の時期に心配すべし、然し他の候補者も多々ある事なれば気長、根気能く運動可然、返事し置けり。
余談にファシスト的陰謀のある事(宇垣大将を擁して)の内話あり。小生は之に対し容易に信ず可からざる次第を述べ置けり。織田万の貴族院希望の話しもありたり。
この時新渡戸は用件を話し終わった後で、驚くべきことを牧野に耳打ちした。彼は、この3月、宇垣一成陸軍大将を擁しての「ファシスト的陰謀」、軍事クーデター事件のあったことを牧野に告げたのである。牧野には容易に信じられないことであった。

Photo by 飯田純一


