第24回 心の教育−新渡戸稲造、遠友夜学校
クラーク博士の薫陶(くんとう)に従って、新渡戸稲造が貧しい家庭の子供達のために、札幌校外に建てた遠友夜学校の先生は無給、生徒の授業料は無料でした。クラークが札幌農学校を去るに当たり、「少年よ、大志を抱け」と言ったという話はあまりにも有名ですが、実は彼は、一般に信じられているように、大臣になれ、将軍になれ、実業家になれ、と言ったのでは決してありませんでした。彼は確かに、見送りに来た一期生を前にして"Boys, be ambitious."と言ったのですが、彼の真意は、世俗的栄達を目指せというのではなく、高い志Lofty ambitionを持ち給え、というものでした。"Girls"と言わなかったのは、単に見送りの中に女子生徒がいなかったせいでした。彼は自分の利害のみを考える、自己愛の立身出世主義者を育てようなどとは毫も考えておりませんでした。
新渡戸はクラークの強い影響を受け、リンカーンの"With malice toward none, With charity for all."「何ぴとに対しても邪な心を抱くことなく、すべての者に慈愛の心を持て」を座右の銘としておりました。彼は遠友夜学校で師の意思を忠実に実践しようとしました。そこでは授業料が無料なだけでなく、学用品も無料提供されました。彼が特に意を用いたのは、貧しい家庭の、学校に行かせてもらえない恵まれない女子でした。遠友夜学校で新渡戸が掲げた教育理念は、「学問より実行」、「知識より見識」、「人材より人物」で、それは昨今広く見られる、「学問のみの学者」、「知識のみの教育」、「技術のみの人間」の対極を目指すものでした。
高級官僚から一般市民にいたるまで日本社会のあらゆるところで見られる頽廃(たいはい)と荒廃は結局、心の教育を忘れた、知識偏重の戦後教育の必然的帰結であるように思えます。私は教育の、そして日本社会再興の原点は、新渡戸稲造が貧しい少年少女のために建てた、札幌校外の小さな遠友夜学校にあると考えています。問題は、日本の教育界に新渡戸の如き人物がいないということです。
Photo by 飯田純一
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