第21回 真面目の不徳
ゼミのT君が突然学校へ来なくなった。T君はそれまで一年半、ゼミは皆出席であった。三週間後、不審に思った私は彼の自宅に電話を入れた。
「Tは一月ほど前から学校に行けなくなってしまい、今M病院の精神科に通院しています」
と母親は答えた。
数ヶ月後快方に向かって、研究室を訪れた母子に私は言った。
「T君、私は授業の始めに、ほとんどの人は必要ないと思うけど、自分ではどうしようもなく困った時があったら、私のところへ相談に来るようにと言った筈だが…」
彼は答えた。
「ええ、よく覚えています。でも先生は真面目で、恐そうに見えたので、来れませんでした」
私は思う。常日頃、大したこともないのに真面目でしかつめらしい顔をしているのは、私の不徳の致すところだ。大学教員というのは、学生の前では、たとえ困難なむずかしい問題を抱えていたとしても、生真面目でしかつめらしい顔をしていてはならない。そして大学の教員も、病院の看護婦さんやデパートの店員さんの、あのにこやかでさわやかな応接態度を見習わなければならないのではないか、と。
Photo by 飯田純一
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