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銀八教授のWarm Heart Letter & Essay

銀八教授(福原好喜)のプロフィール

銀八教授の本

第16回 最長不倒記録

学生相談室で2年間見てきたM君が、この春卒業した。入学以来9年の歳月が過ぎていた。M君の父親は厳格であった。M君は両親の下で厳しく躾けられ、小学校以来、成績抜群の自慢の息子であった。M君が大学に入って間もなく、病院にかかるようになっても、父親の態度は変わらなかった。彼は、M君が学校へ行かないのはM君の怠け心のせいで、今まで自分の育て方が甘かったためだと思っていた。帰宅した息子に彼は大声で聞いた。

「どうだ元気か。チャンと大学へ行っているか?」
「ハイ、ボク元気です。学校へは休まず行ってます」

M君は決まってそう答えたが、家を出て山手線を三回廻って帰ることがしばしばあった。通院先の変更のことで相談室を訪れた父親に私は言った。
「大学のことは我々が責任を負います。家庭のことはあなたが責任を負って下さい」
父親はムッとして言った。
「私はチャンとやっている」
「あなたのチャンとが良くないのです。M君はあなたの前で自分の意見が言えない」
父親は不服顔であった。

1年後面談に見えた時、彼は私に言った。
「あの時、あなたに叱られてから、私は親戚中が首を傾げる位変わりました。一緒に散歩したり、家族で寿司を食べに行ったり、時には飲みにも連れて行きます」

M君は2年間の入院期間があったので、今年が7回目の定期試験であった。症状は徐々に快方に向かってはいたが、11科目中10科目パスするのは至難の業であった。案の定、2科目が再試となった。しかし再試終了後、当該科目の担当者に聞いたところ、両科目共、最低点で通過とのことであった。

アメリカ、アナポリスの海軍士官学校の卒業式ではナンバー・ワンを2人祝福する習わしがあるとのことである。そして学生たちは最優秀者よりは、最下位通過者の方に多く祝福を寄せるとのことである。私の知る限り、M君こそは、今春卒業者の中で、文句なしのナンバー・ワンであった。かの地なら表彰適格である。しかも入学以来9年、駒澤始まって以来の最長不倒記録である。卒業式の3月25日、両親と共に研究室を訪れたM君に、私はワイフと2人で最大限の祝福の言葉を贈った。

人間の苦しみや悲しみを計る秤はないが、苦しみ抜いたM君の9年間を思い、相談室のスタッフは涙と共に安堵の胸をなで下ろしたのであった。

Photo by 飯田純一


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