|
第23回 洗足学園中学高等学校 吉田英也先生のご紹介
ふたつの講演会
この10月、私は入試広報部部長という立場と、中等部3年学年主任という異なる立場で、異なるふたつの教育講演に関わる機会を得ました。
ふたつの教育講演は、もちろん異なる日にちに、異なるテーマで、異なる方を対象に、異なる講師の方が話をしてくださったのですが、期せずしてそこで話された結論は、ほとんど同じ内容になっていたことに少なからず驚きを感じています。
まずそのふたつの講演の様子をご紹介しましょう。

=講演1=
講師:双日株式会社 特別顧問 西村英俊氏
《平成18年10月4日 森村学園中高等部学校説明会》
「日本人がもってる倫理観って、すごいと思うんです」と語るのは、元日商岩井の社長で現在は双日株式会社特別顧問を務めておられる西村英俊氏。
西村さんはこう続けます。「どこの国でも子供が小さいとき、親はまず人として大切に守って欲しいと思う ことを教えますよね。日本人だったら『他人の迷惑になるようなことをしてはいけないよ』という具合に。でも、これって、国によって全然違うんですよ。たとえばお隣の中国では『人にダマされるな』って最初に教えるんです。それからアメリカには『他人に負けるな』と教える人たちもいる。完全に競争社会なんですね。どうです、凄まじいと思いませんか。でも、それぞれの国の事情で、子供に最初にちゃんとそう教えておかないと、いずれその国で生きていくのに困難が生じるんでしょうね。そう考えると他の国のそれに比べて日本は『他人の迷惑になるようなことをしてはいけないよ』。素晴らしいと思いませんか。だから僕は日本人がもっている倫理観って素晴らしいと思うんです。」 日本人であれば当たり前のこととして教え込まれてきたことが、実は世界に出ると決して当たり前ではない。長い間商社マンとして世界中のいろいろな国々と関わっていた人から言われると、あらためてすごいことだなと思いました。
その西村さんは、これからの時代に求められる人間像についてこう語っています。
「これまで、日本の企業は終身雇用が中心でしたから、一度就職すると後は安泰でした。でも今は違います。日本の企業も能力主義の時代に入っています。能力主義というとすぐに差別を連想する人も多いのですが、能力がなくてドロップアウトしていく人は勿論いますが、それをいかに救済するかという問題は企業の問題ではなくて行政の問題なんです。企業はあくまでも能力のある人を求めているんです」と。そしてそうした観点にたって、これからの時代に求められる人間像についてはこう言い切っておられます。
「それは夢をもてる人です。そしてその夢に向かってたゆまぬ努力を惜しまない人なんです」。
おもしろいと思いました。能力主義というシビアな競争に打ち勝つためのキーワードが、まるでその対極に位置づけられるような“夢”ということばだったからです。夢をもつことができない人間は競争に打ち勝つことができない。夢に向かってたゆまぬ努力を続けられる人こそが、これからの時代に求められる……。
西村さんの話をおもしろく聞かせていただきました。
=講演2=
講師:NPO法人「キーパーソン21」 代表 朝山あつ子氏
《平成18年10月29日 森村学園中等部3年保護者懇談会》
中等部3年生は1年後の高等部1年生の2学期に、文系と理系のコース選択を決めなければいけません。ここで文系を選ぶと、将来エンジニアになることはほぼ不可能になる。つまり生徒にしてみれば初めて迎えるといってもいい人生の大きな分岐点にさしかかるわけです。分岐点にさしかかった子どもに、親はどのような姿勢で向き合っていけばいいのだろう。懇談会のテーマはこんな背景から設定されました。
懇談会には、NPO法人「キーパーソン21」から代表の朝山あつ子さんにお越しいただき、朝山さんの活動の様子から話しを始めていただきました。
朝山さんが代表を務める「キーパーソン21」は、子供たちが夢と職業意識をもつことができるように、様々な機会を提供している団体です。朝山さんがこの活動を始めるようになったのは、現在20才になるご長男が中学生だったときに通っていた学校がひどく荒れていたことがきっかけだったそうです。学校正常化に向けて何か親にも協力できることはないだろうか……。様々な試行錯誤があったそうです。そしてその結果たどりついたのは「子供たちには夢がない。ここに荒廃の原因がある」ということでした。そこで自らグループを立ち上げ、子供たちが夢を抱くことができるように、様々な出会いの場をコーディネートする活動を始めたのです。
「中学3年生といえば15歳。昔だったら元服の年齢ですよね。そう考えると、この年ごろの子どもが将来の自分について考え始めるのは当たり前のことなんです。」 朝山さんは子供たちの15歳という年齢に注目しました。今はまだ幼さをたくさん残している“15歳”ですが、この年齢は自然と自分の将来について考え始める世代なのだというのです。そして、そういう彼らにぜひとも「骨太な人間に育って欲しい」といいます。
そのために大人にできることは……。朝山さんは自身のこれまでの経験を通じて2つの提言をしてくださいました。
一つは子どもがいろいろな大人と出会い、その出会いを通じて考えることができるように、“出会いの場を提供すること”。そしてもうひとつは、子どもの成長のために大人が“手間暇をかけること”。
当日は150名ほどの保護者の方が参加していたのですが、講演後の公開討論では「15歳で仕事を決めることができるのだろか」、「子どもにチャンスを与えるというのは実際にやろうとするととても難しい……」、あるいは「親が何か手助けしようとしても、今がちょうど反抗期からなのか、会話が成立しない」などなど、活発な意見交換が行われました。
2つの教育講演から抽出された共通のキーワードは「夢」と「努力」です。
子どもは質のよいものと出会うことによってあこがれの気持ちを抱きます。
たとえば、おいしいケーキを食べることによって、こんなおいしいケーキを自分でも作りたいな……。きれいな花嫁さんを見て、私も素敵なウェディングドレスが着たいな……。格好いいサッカー選手を見て、いつか僕だって……。
夢の始まりは、まず“あこがれ”です。それがやがて夢になりさらに具体的な目標へと進化していき、その目標に向かって努力する。これが今の若者に求められる“姿”なのでしょう。
朝山さんは“努力”という言葉ではなく“手間暇”ということばをつかいました。同じことです。また西村さんは「子どもが努力する」ことをおっしゃっていましたが、朝山さんは「大人が手間暇かけること」に目を向けました。視点は異なりますが、分岐点にさしかかった子どもの未来を考えると、子どもも大人も時間をかけることが大切だといっているのです。
私は、この2つの教育講演に触れ、森村学園中高等部がこの10年間取り組んできたことが思いがけないところで認められたような気がして、思わずうれしくなってしまいました。
森村学園の進路指導と進学指導
森村学園中高等部がこの10年間こだわってきたことの一つに「進路指導と進学指導の区別化」ということがあります。
10年前までの私たちは「進路」という言葉と「進学」という言葉を使い分けることができていませんでした。進路指導といってみたり進学指導といってみたり。今から思うと、これはプロとしてとても恥ずかしい状態だったのです。
10年前に中高等部が“学校改革”を立ち上げたとき、私たちはこの2つの言葉をきちんと使い分けることができる学校にすることを確認しました。
「進路指導」は、「自分の進む路」を指導することで、その原点は「大きくなったら何になりたいの?」というあの問いかけにあると考えました。森村学園は「純・6年一貫教育の環境」(高等学校からの入学者がいない環境)の中で、常にこの問いかけを発信し続け、一人ひとりの生徒が森村を巣立っていくときに「私はこういう路に進んでいきます」と胸を張って言える生徒にしていきたいと考えました。
一方「進学指導」は「大学に進むための指導」ですから、要は希望する大学に合格することができる学力を培うことです。進路指導を通じて自分の進んでいく路が見えてきたら、その道に進んでいくのに最もふさわしい大学がどこなのかということを生徒と一緒に考え、その学校に入学することができる学力を学校の授業の中でつけていくことが「進学指導」の原点であると考えたのです。
「進路指導」と「進学指導」が車の両輪となって機能し、一人ひとりの生徒が自分の目標に向かって確信をもち自分の力で歩んでいくことができる、そんな学校にしていこうと考えているのです。
進路指導〜中等部3年の実践
進路指導の原点は「大きくなったら何になりたいの?」にあると書きましたが、これはまさに“夢探し”です。
森村学園中高等部では、この“夢探し”を進めていくのに「総合学習の時間」を活用しています。森村の総合学習の基本テーマは「未知の世界を知る」です。
生徒が自ら進む路を模索する時、その選択肢が多いことは、それだけ豊かな進路選択ができるということにつながります。目先のことや関心のあることにしか目が行かない生徒たちに、学校が様々な角度からアプローチし、生徒の視野を広げていこうという試みです。
「総合学習の時間」には、さらに学年テーマが設定されています。中等部1年生の学年テーマは「生きている“場”を確かめる」。自分の身の回りの世界に目を向けることから始まります。2年生のテーマは「生きている“世界”を知る」。視線が身近な社会から遠くの社会へ、そして日本から世界へと広がっていきます。さらに3年生になるとテーマが「生きていく“未来”を探る」となり、時間軸にもスポットをあてながら過去や未来を見つめる活動へと展開していくのです。 活動の締めくくりは「自己への帰結」です。
ここでは、現在私が担当している中等部3年生が去年実践した「職業調べ」について触れてみたいと思います。
「職業調べ」という実践は、中学生の「総合」では定番となっているプログラムですが、通常は「あなたが今興味をもっている仕事について調べてきなさい」という形の調べ学習として実践されることが多いようです。しかし、それでは「未知の世界を知る」というコンセプトには適合しません。
そこで私たちは、この取り組みを春に実施した浅草の遠足にジョイントさせました。
3年生で実施する海外修学旅行で、日本について語ることができるようにと、2年生の春、浅草に遠足に出かけました。田原町の駅に集合し、浅草演芸場で寄席見物をし、昼食を挟んで、浅草寺にお参りをして仲店を散策。その後墨田川を下ってお台場に向かい、そこで解散するというコースです。「浅草なんか行ったことがない」「寄席って何やってるの?」 現代っ子の中にはそういう生徒も少なくありません。修学旅行に行って外国の方から「浅草ってどんな所なの?」と聞かれて返事ができないのは困りもの。そう考え、江戸情緒と下町の風情が残る浅草を肌で感じてもらおうと企画した遠足です。
私たちはこのとき、宿題を出しました。「浅草で集合し、お台場で解散するまでの間に目にした仕事を30種類以上メモに書き付けてきなさい」。
私たちの学年の生徒は約200人ですから、遠足が終わると延べでおよそ6000の仕事が集まります。これを職種別に分類します。但し「金融」とか「流通」というと中学2年生には難しくなってしまいますから、彼らにも理解できる言語で分類基準を作りました。たとえば「人の命に関わる仕事」とか「ものを運ぶ仕事」というような要領です。分類したものを模造紙に書き出し公開しました。「へーッ、こんな仕事あったけ」驚きの声が上がります。こうして視野を広げておいて、それからいわゆる「職業調べ」の実践に入っていくのです。
残念ながら実際にレポートに取り上げた人はいませんでしたが、書き出した仕事の中には浅草らしく「人力車のお兄さん」とか「おみくじを売っているお姉さん」などというものも含まれ、まさに「未知の世界を知る」という名にふさわしい実践が展開できたと思っています。
もちろん浅草での実践が“夢探し”に直接結びつく人はたぶんいないと思いますが、継続的に行う「総合の時間」は、どこかで生徒の“夢”に結びついていくかもしれない……、そんな期待がこめられた実践になっているのです。
進学指導〜授業6日制
森村学園は戦後間もないころから、宗教とは無縁の学校であるにもかかわらず「授業5日制」を導入していました。(男子部中等科高等科だけは6日制でした) なぜ5日制の学校になったのか、定かな理由はわからないのですが、戦後の動乱期に当時のオーナーが「これからはゆとりの時代だ」といったとか何とか……。少なくとも森村学園は今風にいうと「ゆとり教育先進校」だったのです。
ところが97年から始まった学校改革が軌道に乗り始め、その成果として進学実績が上がり始めると、生徒もそして教員も進学に対するモチベーションが次第に高まってきます。なにしろそれまでは「森村から東大現役なんてありえないよ」といっていた学校が、ほぼ毎年のように東大に合格する生徒が出るように変身してしまったのですから、イヤでもそれは高まりをみせるのです。
そうなっていったとき、大きな障害として私たちの目の前に立ちはだかったのが「授業 5日制」でした。
いうまでもなく中高生に「学力」をつけていく上で大切なのは時間をかけた反復練習です。繰り返し演習をすることで生徒は力をつけていきます。ところが5日制では授業の中でのそれが叶いません。そこで、仕方なく補習に頼るようになるのです。補習授業が充実しているということは一見親切な学校のようにも見えますが、少なくとも当時の森村学園は「補習に頼らざるを得なかった」というのが真相だったのです。
折しも2002年、世の中の学校が一斉に5日制にシフトしていったとき、私たちは真剣に6日制への移行を議論し始めました。
「世の中に逆行するようなことになって、それで本当に森村は支持が得られるのか」「長年続いてきた5日制の伝統を捨ててしまっていいのか」「今在籍している生徒は5日制の森村を選んで入学してきた生徒で、その生徒たちにはどう説明するのか」など、議論は尽きませんでした。
しかし、「一つの仕事を仕上げるのに5日でやるのと6日でやるのとではどっちがゆとりをもってできるのか。教育にはゆとりが大切なんですね。だとすれば答えは見えているではありませんか。」という当時の校長の決断で6日制への移行が決まりました。2004年のことでした。こうして森村学園中高等部は「授業6日制」の学校に生まれ変わったのです。
それから3年。6日制に変わって、私たちは本当に授業に“手間暇”をかけるようになりました。たとえば英語。英語は国語や数学のような先取りをしません。進度は公立よりすこし早いくらいでしょうか。しかし、深さは別格です。一つの項目を深く掘り下げます。ノートを3冊持たせて、きめ細やかにチェックを入れていきます。授業が6日制になり、授業時間が増えた分、それだけ手間暇かけた授業を展開しているのです。
私は現在大学3年生になった生徒を中1から高3まで6年間担任し、彼らが卒業した年に再び中1に戻り現在その生徒達が3年生になっています。今の大学3年生は6年間5日制で育ちました。そして今の中3は6日制1回生です。このふたつの学年は偶然にも入学試験のあった年がサンデーショックと呼ばれる年でもあり、境遇もよく似ているのですが、中3という定点でふたつの学年を比べると、6日制育ちの今の生徒の方が、学力的には相当上にいると見ています。
学校教育は“手間暇”をかけなければ決して花開くことはない。そして学校が“手間暇”をかけることで生徒たちもそれに応えるようになる。私は今そのことを実感しています。
おわりに
この10年間、学校改革を進めていく側のスタッフの一人としていろいろなことに手を染めてきましたが、この10月、たまたま自分が関わったふたつの講演で、外部かからお招きした講師の方から、いみじくも「学校がここまで進めてきた方向は間違っていなかったよ」とでもいうような講演をいただき、初めにも触れたように、私はいま一人で悦に入っているのですが、一方で日々生身の生徒たちと接していると、課題は山積しています。
30年あまりもこの仕事をしていると、それなりに生徒気質の変化というものが見えてきます。その変化というのはよくマスコミなどで教育評論家といわれる人たちが語っている内容とほぼ同じです。たとえば ものや情報が氾濫する時代にあって、生徒が自分から何かを求めていかなくても生きていくことがでるようになり、受け身の姿勢のままで平気な生徒が増えてきたとか、少子化が進み、次第に子どもたちは競争の少ない社会に生きることに慣れ、他者への思い遣りの気持ちが育ちにくくなっているなど、私がいる森村学園の生徒も変質を見せています。
変わっているのは生徒だけではありません。親も変わってきています。高度成長期に青春期を過ごした人たちが親の世代になり、絶対的価値というものが見えなくなってきてしまっているような気がします。たとえば私たちが制服姿でピアスをしていることを保護者に注意すると「すみません」といいながら言下に「でもうちの子は似合うと思うんですけど」と平気で口走る保護者が実際にいるのです。
もちろん親が変わってきているのですから教員も変化しています。教員の変化で一番困るのは“生徒と友達化してしまう先生”。生徒があだ名で先生を呼んでいるのに平気でそれに応えてしまう。あるいは生徒と対等の言葉遣いで応じてしまう。先生が生徒をいじめたことが今大きな問題になっていますが、この背景にも同質の問題があるのではないでしょうか。
このような状況で、いくらことばで「夢をもちなさい」「根気よく努力しなさい」と理念だけを口走ってみてもしょせんは“のれんに腕押し”。なんの効果も上がりません。
現場に立つ人間に求められるのは、結局生徒と向き合うことから逃げないことなんだろうな……としみじみ感じている今日この頃です。西村さんや朝山さんが講演の結論として位置づけてくださった「夢をもつ」ことと「努力する」ことは、どうすれば実効を挙げていくことができるのでしょう。
最後に、次のコラムを載せさせていただいて、この稿を締めたいと思います。「かわら版」は私が学級をもっているときに発行している学級通信の愛称です。3521は通算のバックナンバーで、50は今年の発行号数です。今年は学年主任に専念せよとの校長からの指示で、学級をもっていないのですが、生徒や保護者に語りかけたいことがあると、学年通信の下にコラムの形で書いています。
ご紹介する「かわら版」は朝山さんの講演があった日の保護者懇談会で発行した保護者向け学年通信に書いたもので、「どうすれば」の答をこんなところに見出すことはできないかなどと考えながら書いたものです。
みなさんはどう思われますか?
《ミニかわら版》(50―3521)
昨日の読売新聞「編集手帳」は洒落た文章を載せていた。昭和30年代の恋文の話。今は携帯電話やメールなど様々な通信手段があるが、長距離電話もままならなかった時代に、東京の青年が奈良に住む恋人に電報を打つ。
彼の電文は数字だけ。例えば「三七五五」。実はこれは万葉集の歌番号を示す。「三七五五」の歌は「うるはしと 吾(あ)が思ふ妹(いも)を 山川を 中を隔(へな)りて 安けくもなし」(麗しい君との間を山川に隔てられて心は穏やかでないよ)
編集手帳は、こう続ける。「伝達手段に制約があるとき、人は伝達する内容に知恵を絞り、言葉に心を尽くす。隣近所で、教室で、家庭で言葉が痩せつつあると言われて久しい。手段に恵まれすぎたことと無関係ではあるまい。」私もまったく同感である。
私たち大人が子どもと話をするときに、ふだん一体どれだけ「言葉」を大切にしているだろう。一体どれだけ大人の知恵を働かせているだろう。子どもを「自律」させようと考えるなら、そういうところにこそ心を配らなければならないのではないだろうか。考えさせられてしまった。
ところでこの編集手帳がお洒落だなと思ったのは、この後なのだ。抜粋しよう。「昔、南極基地で日本から届いた電報が読み上げられたとき、一同の胸に最も深くしみ入ったのはある隊員に夫人があてた三文字だったという。それは『アナタ』 言葉とは不思議にして、手強い者である。」
(伸)
森村学園中等部高等部 HP
1年まえ組 中等部情報
|