「I was born」
吉野弘さんの詩です。この詩は中学生の頃に読んで以来しばらく思い出すことがありませんでした。しかし、最近は私の頭の中に居座っています。私の心の動きがこの詩とぴったり合ったからかもしれません。
話は横道にそれますが、吉野さんといえば、実は自分の詩集を出したときに読んでもらいたくて詩集を送ったことがあります。期待はしていなかったのですが、ていねいな書評が原稿用紙に何枚も書かれて返ってきたときにはすごくうれしかったのを覚えています。
この詩の中の少年は、<生まれる>を英語で<I was born>と習いました。生まれるということがまさしく受け身であるわけを身重の女性にあって、ふと諒解したのです。それは、少年にとって単に文法上の単純な発見だったのですが。
人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね。
この言葉を聞き少年の父親は驚き、次に蜉蝣の話をしたのです。
――蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりとした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ、お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。
私は私学の一教員として、学校の説明をよくしますが、最近思うことがあります。私立学校は創立者の先生によって<生まれさせられた>のではなく、創立者の先生のいのちを、思いを体の中に受け継いで誕生したのだと。そのいのちや思いを受け継いでいるのが私学であり、私学の教員だと思うのです。最近の、私の心の動きがこのことだったのだと気がつきました。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――
「藤村女子」は藤村トヨ先生が創設者です。トヨ先生は香川県立師範学校に入学しましたが1年で中途退学。さらに東京女子高等師範学校本科理科を病気のため卒業を待たず退学しています。病弱では志が遂げられないことを悟り、心と体の教育を目指して体操教員検定を受験し合格しました。後に現東京女子体育大学の校長に就き、その後私立東京女子医学専門学校にも入学しなおしました。昭和7年に自立した女子の育成を目指して「藤村女子」を建学したのです。心と体を鍛え自立した個性豊かな女子を育成することこそ「藤村」の精神なのです。
自分の学校を例に出しましたが、私学は基本的に公立とは違います。なぜならば、私学には建学の精神があるからです。そして、私学同士でも当然違いがあります。私学の建学の精神は何一つ同じものはないからです。各創立者の様々ないのちや思いを教員一人一人が胸に秘め、それぞれの私学が成り立っているのです。そのいのちや思いを基に現代にあった教育が各学校独自に展開されているのです。私学に行かれて創立者のいのちや思いにふれてみませんか。
お子様の学校を選ぶときの一つの基準として、見直されてはいかがでしょうか。

文中の詩は『吉野弘詩集』(1968年刊)より引用しました。