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第54回 森村学園中等部・高等部 林 宏之先生のご紹介

せんでん[先生伝言板] 駒場東邦中学校・高等学校 佐藤 健二先生
佐藤健二先生

はじめに

森村学園中等部高等部教頭林宏之先生のご紹介で今回担当させて頂くことになりました駒場東邦中学高等学校教頭の佐藤健二です。林先生と直接親しくお話させて頂いたのは一度だけですが、同じ国語の教員として共通の話題も多く、一度の出会いで心を開いてお話ができたことを今でも有り難く思っております。ことに近代思想史上(特に戦後論壇)で小林秀雄に並ぶ大きな存在であった福田恆存という孤高の評論家・劇作家について熱く語られる先生のお考えに共鳴するところも多く、前回の先生のご文章にも、その考えの一端が披瀝され、共感された方も大勢いらっしゃったのではないかと思います。

その後を受けてということで大変荷が重いのですが、自由に書いていいんですよという言葉に励まされて、駒場東邦の掲げる教育理念と絡めつつ、私なりの教育観をお示しし、広く現在の我が国における教育の在り方について、また私学の在り方について共にお考え頂ければ幸いです。

 

本校の沿革及び教育理念

菊地龍道先生

駒場東邦は昭和32年(1957)に駒場の現在地に設立されました。創立者は当時学校法人東邦大学理事長であった額田豊先生です。東邦大学は、戦前は帝国女子医学専門学校と称し、数少ない女性のための医師養成機関でした。それが戦後新しい教育制度のもとで医学部・薬学部・理学部を擁する大学となり、現在では医学部付属の三つの医療センター(大森・大橋・佐倉)や千葉県習志野の付属中学高等学校など多くの付属機関を擁する学校法人東邦大学として運営されております。

額田先生は、戦争により多くの有為な人材を失った我が国の再興を考えたときに、天然資源に乏しい我が国においては、それに替わるべき優れた人材を育成しなければならない、そのためには高等教育だけでは不十分であり、その前の中等教育からの人作りが必要だとお考えになり、中学校・高等学校の設立を決意されたわけです。では実際に中学校・高等学校を運営するにはどうしたらよいか。それには優れた指導者がどうしても必要である。そう考えた額田先生が白羽の矢を立てたのが、菊地龍道先生でした。菊地先生は、戦前の府立一中の伝統を受け継ぎ、当時東大へ毎年200名近い生徒を送り込んでいた都立日比谷高等学校の校長を10年間務めた後、お辞めになったばかりの時でした。菊地先生が日比谷の校長をされていた10年間は、まだ我が国は占領下にあり、GHQの強い指導のもとに教育制度が6・3・3制へと大きく変革した時期でした。菊地先生はその苦難の時期を全国高等学校協会会長として指導力を発揮されたのでした。しかし、菊地先生にとって、この6・3・3という新制度が、はたして理想的なものであったかどうか。特に中等教育が担うべき中学・高校が、3年3年という短期に分断された形で(戦前の中学は5年制)はたして優れた人材が育成できるのか、という新たな問題に直面されたと思います。この菊地先生を初代校長として招聘した額田先生は、すべてあなたの思うとおりの学校を創って下さいという全幅の信頼を置いて、菊地先生のもとでいよいよ本校がスタートしたわけです。

新しい学校を創る上で、菊地先生はどのような学校を思い描かれていたか。ここに先生がお作りになった「基本方針10箇条」というものが伝わっておりますので、それをご紹介しましょう。

  1. 大学進学を目標とし、男子校とすること。
  2. 中学・高校を通じて6年間の一貫教育を行うこと。ただし、当分の間、
    高校3年の教育と併行すること。
  3. 頭脳の資源化のために、科学教育に力を入れ、物理・化学の実験は
    1クラスを二分し、全員にやらせること。
  4. 英語と数学は、1クラスを二分して少数教育を行うこと。(これは、
    32年の1月頃に追加したもので、最初の入学案内には書いていない)。
  5. 全人教育の立場から、躾と道義の教育を重視し、非行化と不良化を
    防止すること。
  6. 富士山と旭日とを組み合わせた校章とすること。
  7. 制服・制帽を制定すること。
  8. 有能な教師を地方から招くために、校宅を作ること。
  9. 私立学校に対する一般評価は甚だ良くない。
    従って、世評を裏切るに足る立派な学校を作ること。
  10. 校地の周囲を樹木で囲み、かつ人心を融合して、田園家塾といった
    和やかな雰囲気の学園にすること。

このような「基本方針」が、開校前年の昭和31年に発表されたわけです。昭和31年(1956)という時代を背景にしてこの10箇条を御覧になって、さて皆さんは、どのようにお考えになるでしょうか。第9条のように、当時私立に対する評価がいかに低かったかという時代を感じさせる内容も含まれ興味深いのですが、私は今読んでも、その多くはそのまま現在にも通じる、実に画期的な、あるいは時代を先取りした内容であると思っております。まだ大学進学率が20パーセントに満たない当時、我が国の将来を担うべき次代のリーダーを育てるということで大学進学を入学時に義務づけたこと、戦後の教育改革で男女共学が進められていくなか、あえて男子校にこだわったこと、戦前の5年制の中学校と3年制の高等学校の8年間(戦前は8年間で徹底した教養教育・人間教育をしていました)が3・3と分断されてしまったのを(最後の2年間は新制大学の教養学部へ移行)、中高6年一貫教育という形で、6年間を通して人作りをするのだという理念を明確にしたこと、英語・数学や理科実験など、必要なところでは1クラスを二分して少数教育を行うといった授業形態など、本校が現在行っている教育の基本理念は、この初代校長が掲げた10箇条にすべて含まれており、50年にわたる本校の教育の根幹を形成し、今日に至るまで微動だにしていません。我が校が、今日多少とも世間から評価されているところがあるとすれば、それはこの初代校長菊地龍道先生の掲げた「基本方針10箇条」のお蔭であると断言できます。

 

言語が人間を作る

そもそも教育とは何のためにあるかというと、一言で言えば、「人作り」ということです。およそあらゆる動物の中で、人間だけが、極めて未成熟な状態でこの世に送り出されます。他の動物のようにすぐに立って歩くことはもちろん、猿のように自力で母親にしがみついてお乳を飲むこともできません。(動物学者のアドルフ・ポルトマンは名著『人間はどこまで動物か』(岩波新書)の中で、他の哺乳動物の出産時と比較して約1年の「早産」と言っています)。なぜそんな未熟な状態で生まれてくるのか。まさにそこに人間の人間たるゆえんがあると言うのです。今では脳科学者も人間が「早産」にならざるを得ない訳を教えてくれています。その理由は人間の脳にあります。他の哺乳動物に比して圧倒的に大きい大脳、中でも前頭前野と言われる部分です。そこで動物としてのヒトは、他の動物にはない「言語」という高度の意思伝達能力を獲得し、それを駆使して、「人間として」生きていくことを可能にするのです。その「言語の働き」こそが精神であり、それが人間を本能のくびきから解放しました。しかし本能から自由になった人間は、新たな難題を背負わされました。自らの力で本能をコントロールしなくてはいけないということです。この本能のコントロールに必要な能力が理性と言われる精神の働きです。その根源は何かというと、繰り返しになりますが「言語」なのです。そしてその言語の形成に最も影響を与えるのが、親であり、家族であり、学校であり、社会であり、そして国家なのです。つまりヒトが人間として育つ基盤(教育力)は、本質的には家族(家庭)にあり、制度的には国家にあると言うことができます。ヒトは、未熟な状態で生まれ出て、親と肌を触れあいながら言語を習得し、精神を機能させ、その理性の働きで本能をコントロールしながら、社会(群れ)の一員としての人間(関係性の中の「我」)として日々の生活を営むのです。つまり教育の根本は、〈言語の習得(数字や記号も言語です)を通して社会適応力を獲得するということ〉なのです。それが「ヒトが人間になる」という根本義です。

その言語の習得は既に胎内から始まっており(最近の科学的知見)、胎外に出てからも実に多くの年数を必要とします。現在の研究では、母語習得の臨界期は8歳くらいと言われています。しかしそれは、母語としての言語を脳に神経回路として形成する上での限界年齢を示すものであり、もうそれで十分だと言うことではありません。皆さんは、小学校2、3年生程度の子供を家から出し、もう教育は終わり、後は一人で生きなさいなどと言うことができますか。現代の高度情報社会(情報とは言語の塊)で生きて行くには、中学を終える15年でもまだ不安、せめて高校修了の18年近い修業時代が必要だということになります。現代における「人作り」とは、このような高度に複雑化した社会に適応して生きていくために必要な知識、思考力、表現能力、協調性、公徳心、身体能力、実践力といった基礎能力を育成することにあります。それには、ほぼ18年という大変長い年月を必要とする。人間とはそんな厄介な生き物なのです。

校内風景

 

本校の人間教育力

人生80年時代などと言われる今日においては、学校はその成長の一部分を担うに過ぎません。それぞれの時期において幼・小・中・高・大と、それぞれ掛け替えのない教育が施されています。中でも中学から高校に当たる時期は、子供から大人への脱皮の時期であり、その間の教育がその後の人生に与える影響は極めて大きいものがあります。

本校は、昭和46年(1971年)以来高校入試を廃止し、完全6年一貫制になりました。そこで中高6年間を緊密につなぎ、生徒の学習能力に見合った独自のカリキュラムを実現することが出来ました。この言わば見えるカリキュラムの部分に関しては教師が責任をもって指導に当たります。その上に様々な学校行事や部活などを通して、今度は生徒が主体となって縦・横の人間関係を築きあげながら自らを育てていきます。体育祭や文化祭などは、6学年であるからこそ、中1から高3までの成長の推移を目の当たりにすることができます。また男子だけだからこそ、部活や体育祭などでは遠慮のないぶつかりあいができます。中学生は高校生の先輩を仰ぎ見ながら、自分の将来を考え、具体的なイメージを作り出していきます。まさに切磋琢磨の人間道場として、行事や部活は大きな力を持っています。隠れたカリキュラムと言われる所以です。そこで育んだ友情や上下関係、身につけた指導力や協調性は、実社会に出てからも、ある意味では学力以上に、大きな力となって、その後の人生を支えていきます。

人間は、言語の獲得により本能から解き放たれたために一生涯学習をし続けなければならない存在になってしまいました。一生涯脳に「言語」という栄養素を注入し、脳環境(脳神経回路)を更新し続けること、それが、人間にとって「生きる」ということの意味になったのです。勉強は面白いぞ、勉強は生きる力になるぞ、勉強をすることで自分を変えられるぞ、世界を変えられるぞ、といった思いを中学・高校時代に身につけることができるかどうか。駒場東邦は、それを可能にする学園たることを、昔も今も考え続けている学校であると思っています。

 

駒場東邦中学校・高等学校 HP
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No.55 12/15更新

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